『めぞん一刻』という物語において、ヒロイン「音無響子」の対極に位置していると思えるキャラクターが一刻館6号室の住人「六本木朱美」です。
しょっちゅうお酒を呑んでいて、館内では平気で下着姿。お世辞にも真面目とは言えない勤務態度などなど。一見すると、共同生活を乱しかねない奔放なキャラですけど、彼女がいない一刻館を想像すると、どこか味気ないものになってしまう気がします。
今回は、私が一番好きなキャラクターである朱美さんの魅力を、作中の具体的なエピソードから紐解いてみます。彼女の言動を追いかけていくと、「人間は矛盾だらけでいいんだ」という不思議な安心感が見えてくるのです。
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『めぞん一刻』:六本木朱美
『めぞん一刻』について。

| 作品名 | めぞん一刻 |
| 作者 | 高橋留美子 |
| 単行本1巻と最終巻発行日 | 1982年5月1日、1987年7月1日 |
| ジャンル | 青年、恋愛、ラブコメ |
| 発行社 | 小学館 |
| レーベル | ビッグコミックス |
| 巻数 | 全15巻(単行本) |
『めぞん一刻』は高橋留美子さんが、1980年代、昭和の時代後期から末期にかけて描かれた、ラブコメの金字塔的作品です。
※以降、表記する巻数とページ数はオリジナル版の単行本に対応したものになります。
本稿では『めぞん一刻』の主な舞台である一刻館の6号室の住人「六本木朱美」についての考察です。
朱美さんの年齢は作中定かにはなっていませんけど、響子さんの少し年上ではないかと想像しています。
本作の主人公「五代裕作」が5号室に入居したときには既に一刻館の住人でした(4巻「PART♥8 狭い宇宙」164ページ)。
職業はスナック「茶々丸」の従業員です。マスターがいて、キャストは作中では彼女一人の2人体制のお店です。他で働いている様子はありません。
彼氏について。物語の7年ほどの間に何人かいたようです。
5巻「PART♥4 キッスのある情景」の冒頭で、彼氏の「ヒロシ」にフラレていて、彼の後ろ姿が描かれていました(70~71ページ)。
なーに恥ずかしがってんのよ
6巻「PART♥7 プールサイドのキスマーク」139ページより
なによ、キスマークのひとつやふたつ。
みっつもよっつもつけてるあたしがこんなに堂々としてるのに。
引用部は、彼氏かどうかはっきりとはわかりませんけど、こちらも一人としてカウント。
彼氏かどうか、6巻のキスマークの彼と同一人物か別人物かはわからないものの、14巻「PART♥8 やましい関係」165~169ページでは、彼女が男性とラブホテルに入っている様子も描かれています。
自分のことは棚に上げる「人間味」あふれる矛盾
朱美さんの言動を追いかけていると、驚くほど「自分のことを棚に上げている」場面に遭遇します。しかし、その矛盾こそが彼女の人間としての奥行きを生み出しています。
「職業婦人の自覚」を問う、盛大なブーメラン
最も象徴的なのは、14巻「PART♥5 出たとこ勝負」のシーンです。
職場放棄じゃない、これー? 職業婦人の自覚ないのかしら
14巻「PART♥5 出たとこ勝負」121ページより
この回では管理人さんが、五代くんと喧嘩をして実家に帰ってしまいました。
スナック「茶々丸」で、一の瀬さんと四谷さんとで管理人さんのことを話し込んでいます。
朱美さんは顔が赤らんで、目が普段以上にトロンとしているため酔っているのでしょう、ソファーに足を広げて座りながら引用部のセリフを、一の瀬さんたちに主張しています。
もちろん飲むこともスナックのキャストの仕事ではあるのですが、ソファーに足を広げて座っている(くつろいでいる)、顔を赤らめてトロンとした目で言い放つ、その姿は客観的に見れば「お前が言うな」状態です。
実際、そのコマではマスターから「朱美ちゃん 働いてよ」と釘を刺されています。
4巻206ページにも「ちょっとー 朱美ちゃん、仕事してよ」と注意されている描写があるように、彼女の就業態度は決して褒められたものではありません。それどころか、仕事中に仕事をそっち退けで住人たちと話し込む様子は何度も描かれているので正すつもりもないのでしょう。
融通の利かない響子を解きほぐす「適当さ」
しかし、彼女の「棚上げ」こそが、融通の利かない傾向の強い響子さんに対する、痛烈なアンチテーゼになっています。
五代くんとどれだけ仲がよくなろうと、彼からどれだけ好意を伝えられても、亡夫「惣一郎」への貞操観念などから、なかなか決定的な関係には進展しない。
「三鷹瞬」からのプロポーズを受けていても、五代くんへの想いと亡夫への問題に揺れ動き、はっきりと決められない(結果的に二人を振り回す)。
五代くんが「七尾こずえ」や「八神いぶき」など他の女性といるところを目撃するなどした際に、彼から事情を聞く前に感情を爆発させ、五代くんを責めることもしばしば。
といったように、「こうあるべき」「こうに違いない」といった価値観の決めつけが強い人で、管理人の仕事に関しても女性としての身の振り方にしても自らに対し厳格であろうとします。
そんな響子さんにとって、自身もサボりながら他者に対し「自覚がない」と平然と言ってのける朱美さんの存在は、新鮮だったのではないでしょうか。
「人間は矛盾だらけ」という肯定
このように朱美さんの言動には矛盾が見られますが、本人はそれを微塵も気にしていません。
「自分を棚に上げる」行為は、裏を返せば「自分も他人も完璧ではない」という前提で生きているということでしょう。
融通の利かない響子というキャラクターの対極に、この「矛盾の塊のような朱美さん」を配置した高橋留美子先生のバランス感覚は実に見事です。
響子さんだけでなく、私たち読者も彼女の矛盾した振る舞いを見ることで、「自分もこれくらい適当で矛盾していていいのかもしれない」という、不思議な肯定感を受け取ることができるのです。

「だらしなさ」に隠された住人への信頼
一刻館の廊下や共有スペースで、朱美さんは常に無防備な下着姿で過ごしています。
さらに、5号室の五代くんの布団に勝手に潜り込み、朝まで平然と寝ていることさえあります(2巻「PART11 マフ等、あげます」)。
一見すると節操のない行動に映りますが、これは彼女が一刻館の住人たちを「家族」として完全に信頼していることの裏返しと私は考えます。
五代裕作への「弟」のような安心感
4巻「PART♥10 明るい5号室」206ページに「弟みたいに思ってたのに…… あいつ案外かわいいとこあったし…」という発言があります。
朱美さんにとって五代くんは、恋愛対象である前に、何をしても許される、あるいは何をしても過ちが起きない「身内」のような存在なのでしょう。
彼女が下着姿でいられるのは、一刻館の男性たちが自分を襲ったり、変な目で見たりしないという、長年の共同生活で培われた確信があるからです。
「だらしなさ」に引かれた、明確な一線
一方で、家族のように思っているからこそと思いますが、線引きもされています。
それを象徴するのが、朱美さんが五代くんを呼び寄せたラブホテルのシーンです。
先ほどもご紹介した彼女が男性とラブホテルに入った14巻「PART♥8 やましい関係」168ページでは、酔っているために、自分が呼び出しておいて呼んだことを忘れていた五代くんが眼の前にいると気づくや否や、「なにすんのよーーっ!!」と叫びながら強烈なビンタを彼に浴びせています。
普段から半裸を見られ、布団で添い寝するなど、過ごす時間の多い五代くん相手でも、状況によっては近づくことさえよくないことだと、彼女なりの線引きはできているみたいです。当たり前ですけど、誰でもいいわけではない、ということです。
別角度から見てみますと、普段の彼女のだらしなさは、相手を心から信頼し、甘えているからこそ見せられる姿なのでしょう。
一刻館という「家」の温度
朱美さんが五代くんたちの前でだらしなくいられるのは、一刻館という環境が大きく影響していそうです。
一刻館というプライバシーという概念がほぼ存在しない環境において、一の瀬さんや四谷さん、五代くん、管理人(響子)さんといった住人たちは、もはや隣人の枠を飛び越えて家族のような存在になっているからです。
彼らを信頼しているからこそ半裸でいられると彼女は考えている。言い換えますと、一刻館を単なる賃貸の部屋ではなく「帰るべき家」になっている、と言えます。

不器用な優しさと面倒見
朱美さんは一見、自分のこと以外に興味がないように振る舞っていますが、実際には誰よりも周囲の状況を把握している様子を、作中ところどころで見かけます。
外部の敵から五代を守る姿勢
10巻「PART1 産後の腹立ち」は、朱美さんの「身内意識」が鮮明に出た回です。
「八神いぶき」の父(八神部長)が一刻館に乗り込み、五代くんを「見下げ果てた奴」と一方的に口撃した際、朱美さんはすかさず「カナヅチ投げてやろうか」と言っています(10巻16ページ)。一の瀬さんも「人質だってさ。なに言ってんだい あのおっさん」と発言。
普段は五代くんの受験や就職を散々ネタにして邪魔をする住人たちですが、外部の人間が彼を理不尽に傷つけようとしているときに、瞬発的に五代くんに味方している、または自分事として捉えています。
このことは彼らが五代くんのことを家族のように思っていることと裏返しです。
響子の背中を押す「差し入れ」
14巻「PART♥3 戸惑いロマンス」では、五代くんが保父試験のために、まともに勉強する環境ではない一刻館を出てキャバレーに泊まり込むことにしました。
そんな彼に朱美さんは、陣中見舞いとして「栄養ドリンク」の差し入れを、頬を少し赤らめながら「飲み過ぎると鼻血が出るから気をつけるよーに」と言いながら、響子さんに渡しています(14巻50ページより)。
その真意は、響子さんが五代くんに会いに行くための「口実」を作ってあげることにありました。
ちなみに一の瀬さん(お守り)も四谷さん(いわしの頭:魔除け)も差し入れを響子さんに渡していて、朱美さんを始め、一刻館は家族なのだと読者が感じ取れるほっこりシーンです。
「姉御肌」のフォロー
4巻「PART11 坂の途中」でも朱美さんのさり気ない優しさが見えます。
この回では、行き違いから一刻館を退室した五代くんを、管理人さんが見つけ、謝罪と安堵の気持ちからから泣き出してしまい、五代くんも安堵からもらい泣きをする場面があります。
鼻水を垂らして泣く五代くんに「きったないわねー、ほら ティッシュ」と声をかけるその仕草は、セリフだけを読むと突き放しているようですけど、その手はしっかりと困っている五代くんに差し出されています。
朱美さんを始めとする彼らの、単なる「お騒がせな同居人」ではない面倒見の良さが、一刻館というコミュニティを温かく、そしてより強固なものにしているのです。
序盤から見抜いていた、響子の「面倒くささ」
朱美さんの真骨頂は、物語の核心を突くその言葉の鋭さにあります。
彼女は連載の早い段階から、響子さんの「面倒くささ」を見抜いていました。
序盤から放たれていた「予言」
4巻「PART♥PART♥2 SOPPO」の時点で、朱美さんは既に響子さんの性格の本質を突いています。
だいたい、あんた わがままなんだよね。
4巻「PART♥2 SOPPO」46ページより
なーんもやらせないで、男を縛ろうなんちゅー根性が気にくわん。
(そんなこと考えてませんけど、と返す響子さんに)考えずにやってるとこがこわい。純情ぶりおって。
五代くんとの行き違いから意固地になる響子さんに対し、後の名シーンとほぼ同じニュアンスで、彼女の「素直になれない不器用さ」を指摘しています。
五代くんたちが響子さんの美しさと貞淑さに目を奪われる中、朱美さんは序盤から彼女を一人の「手のかかる、こじらせた女性」として対等に見ていたのでした。
響子のプライドを粉砕する「劇薬」
物語の最終盤、14巻「PART♥10 好きだから…」での朱美さんの振る舞いは、まさに圧巻です。
上に「後の名シーン」というのはここのこと。
ろくに手も握らせない男のことで、無くわ わめくは、どうなってんの。
14巻「PART♥10 好きだから…」203ページより
あんたみたいな面倒くさい女から男とるほど、あたしもの好きじゃないわよ、バカ
五代くんとの関係に悩み、自ら溝を深めて大荒れしている響子さんに対し、彼女は容赦なく言い放ちます。
この言葉は、美化されがちな「未亡人の純愛」という物語の建前、あるいは響子さんの建前と言ってもいいかも知れませんが、それを「ただの面倒くさい執着」と断ずる劇薬です。
「大人」の流儀
しかし、この場面の朱美さんはただ単に毒を吐く皮肉屋ではないことは、この発言時の行動に表れています。
上に貼った画像のとおり、「バカ」と突き放しながらも、彼女は泣きじゃくる響子さんの涙をハンカチで拭いてあげているのです。
厳しい言葉を吐きつつも「寄り添う優しさ」も示す、この緩急こそが、彼女が大人の女性である証でしょう。
朱美=キューピッド
朱美さんの行動は、時に五代くんをホテルに連れ込んで響子さんたち周囲を誤解させたり、ラブホ代を踏み倒したりと、二人をかき乱すトラブルメーカーです。
しかし、この朱美さんの言動をきっかけに、五代くんと響子さんの仲が急速に深まります。
響子さんに悪口を言いつつも、結果的にはキューピッド的な立ち回りにもなっているのですね。
朱美さんは、五代くんと響子さんの人間性をよく理解しているからこそ、そして彼らを好きだからこそ、上記のような響子さんに彼女の「面倒くささ」を指摘して、二人の一歩先のフェーズに進められました。
彼女も、『めぞん一刻』という物語がハッピーエンディングに進むために、必要不可欠なピースだったのです。
まとめ
まとめます。
ここまで見てきたように、六本木朱美という女性は、お世辞にも「立派な大人」ではありません。自分のことを棚に上げ、昼間から酒を呑み、時には周囲を巻き込んで大騒動を起こします。
しかし私はそんな彼女が大好きです。
なぜこれほどまでに惹かれてしまうのか。
「人間は矛盾だらけでいい。だらしなくても、誰かを支えることはできる」
こう感じさせてくれるところにあるように個人的には思えます。
自分も仕事をサボっているのに他人の職業意識を説き、毒を吐きながらハンカチで涙を拭う。
そんな朱美さんの一刻館の住人たちへの振る舞いは、一刻館が単なる下宿ではなく、そこにいる人間をあるがまま受け入れる「家族」であることを象徴しているかのようです。
五代くんを弟として、響子さんを放っておけない面倒な妹として愛した朱美さん。
昭和の価値観において「美徳」であった「夫を亡くしてもなお、愛し続ける」という貞淑な未亡人像を体現する響子さんと、現実に生きるたくましさを象徴する、ある意味対極にいる二人があったことが、『めぞん一刻』という物語が名作になった一つの要因だと私は確信しています。
本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。
ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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