『めぞん一刻』考察:音無響子が年下・五代裕作を選んだ切実な理由

めぞん一刻
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めぞん一刻』の「音無響子」が「三鷹瞬」ではなく「五代裕作」を選んだ理由は何か。
愛情もあったでしょう。五代くんの努力もあったと思います。
ただそれだけではない、若くして夫を亡くした、というトラウマによる、響子さんの「切実な自己防衛意識」が潜んでいることを今回考察していきます。

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『めぞん一刻』:音無響子の切実な選択

作品名めぞん一刻
作者高橋留美子
単行本1巻と最終巻発行日1982年5月1日、1987年7月1日
ジャンル青年、恋愛、ラブコメ
発行社小学館
レーベルビッグコミックス
巻数全15巻(単行本)

『めぞん一刻』は高橋留美子さんによる、1980年代に描かれたラブコメです。80年代はほとんどが昭和時代ですので、現代からすれば古典と分類されるでしょうけど、私にとっては読むたびに新しい不滅の作品になっています。

冒頭でも書きましたように、本稿では音無響子の最初の結婚での辛い経験が、五代裕作との再婚に少なからず影響を及ぼしたのではないか、という点を考察します。

以下、巻数とページ数をたびたび表記しますが、いずれもオリジナル版の単行本(全15巻)に対応したものになります。ご了承ください。

五代が努力や愛情以外で選ばれた理由

『めぞん一刻』の結末、音無響子さんが五代裕作を選んだ理由は何でしょう?

一般に言われているのは、五代くんの一途に想い続け、振り向かせるための努力を続けてきたこと、「三鷹瞬」が他の女性を妊娠させてしまう(飼い犬の話だったのですが)形でリタイアしたことでしょう。
もちろん、響子さんは五代くんを最序盤から好きでしたし、中盤の終わり頃には彼に選択肢を絞っていたことは間違いありません。
しかし、このラブストーリーの裏側には、五代くんの努力や愛とは別の、響子さん自身の極めて切実で根源的な感情が、最終的な決断を促していた可能性があるのでは、と私は感じています。

亡夫・惣一郎

それは、若くして愛する夫を亡くした音無響子さんの「切実な自己防衛本能」、すなわち「二度と愛する人に先立たれ、一人になりたくない」という、孤独への深いトラウマです。

響子さんが亡夫「惣一郎」さんをどれほど深く愛していたかを示すエピソードは物語のあちこちに描かれていますが、愛の深さは、「喪失の痛みの強さ」の裏返しです。

彼女の最初の結婚相手「音無惣一郎」は、響子さんより9歳から10歳ほど年上です。
惣一郎さんは彼女が嫁いでわずか半年で亡くなっています(1巻150ページの音無老人「嫁いで半年もたたんうちに、惣一郎は逝ってしもうた…」のセリフ)。

この経験は、響子さんのその後の恋愛の選択において、「年齢差=孤独になるリスク」という連想を生み出したのではないでしょうか。

年齢差に関しては以前、当サイトに掲載していますので下に貼ったリンク先の記事をご覧になってください。

2歳年下の五代

単行本13巻「PART♥4 あぶない夜」、このエピソードには響子さんの実家・千草家と三鷹家との両家が顔合わせる場面で、三鷹さんのお母さんに年齢を聞かれた響子さんが「秋には27歳になります」、それに対して三鷹さんのお父さんが「こいつなんか31ですよ」とするやり取りがあります(55ページ)。

響子さんと三鷹さんの間には3歳から4歳の年の差があることが、ここからわかります。

五代くんは響子さんの2歳年下です(2巻「PART♥11 マフ等、あげます」218ページに「22…… 二歳上、たった二歳……」の五代くんのモノローグ)。
つまり13巻4話時点で五代くんは24歳か25歳のようです。

3~4歳年上の三鷹ではなく、2歳年下の五代くんを選んだことは、五代くんへの純粋な愛はもちろんのこと、「今度こそ愛する人に先立たれない」という安心できる未来を求めた、彼女の切実な自己防衛意識の結果でもあったのではないでしょうか。

若くして一人になった「孤独のトラウマ」

惣一郎さんのことをもう少し深く掘り下げましょう。

結婚生活の短さ

上記のとおり、響子さんの、惣一郎さんとの結婚生活は、わずか半年というあまりに短い期間で終わりました。
この事実は、単に「未亡人」の一語で片付ける以上に深い意味を持っています。

惣一郎さんと地層の見学に来ていると思われる響子さん、の回想シーンです。
15巻「PART♥2 契り」30ページより

それは「最高に満たされた幸福」の記憶が、突如として「絶対的な喪失」と「孤独」へと変貌したという、衝撃的な心の傷になったからです。
結婚という社会体な安定と、愛する人との日常という「共同体の安心感」を、手に入れた直後に、完全に奪われる経験です。
このトラウマは彼女の心の奥底に「いつかまた、愛する人に先立たれ、一人きりにされるのではないか」という根源的な不安を植え付けました。

孤独への恐れ

響子さんの日々の言動も、「孤独への恐れ」によって動機づけられているようにも思います。

例えば、犬の「惣一郎」さんの存在がそれです。
自らの管理人業開始と同時に亡夫と同名の犬を一刻館に連れてきたことは、単に犬との思い出がつまっているからではないでしょう。それは「惣一郎さん(人)の生きた証」、ひいては自分が一人ではない証になっているため、彼女がそれに必死にしがみついている象徴です。
惣一郎さん(犬)の存在は、彼女がどれほど孤独を感じたくないか、の現れであることを示しています。

もうひとつ例えますと、迷惑をかけ続ける「一の瀬さん」や「四谷さん」、「朱美さん」といった住人たちをアパートから本気で追い出さなかったことも、その理由に彼らの「賑やかさ」や「関わられている感覚」を手放したくない深層心理が働いている可能性を感じさせます。
常に彼らの遊び道具にされていた五代くんを含む、一刻館の騒々しさも、孤独から逃れるための一種の薬になっていたことでしょう。

惣一郎さんとの年齢差の無意識的連想

そして、この孤独のトラウマと最も強く結びついているのが、惣一郎さんとの「10歳ほどの年の差」です。
惣一郎さんが亡くなったときに彼女が何歳だったかは作中に明言されていませんが、おそらく20歳頃と思われます。
若くして夫を亡くした響子さんの意識下(あるいは無意識下)では「年上の人を選ぶ=先に逝かれて一人になる」という恐ろしい方程式が成立してしまった可能性があります。

彼女は、これから出会うであろう結婚相手に対して、愛ばかりでなく「二度と愛する人に先立たれない確実性」を求めています。
五代くんだって事故や病気になる可能性がない訳ではありません。しかし3人の中で一番若い彼が、最後に世を去る可能性を一番高く有しています。
この揺るがない事実が、年上の三鷹さんと五代くんを比較する際の、愛を除いた最も切実で深刻な判断基準になったのではないか。作中の言及はないので定かではありませんが、私はそのように考えています。

三鷹瞬:選べなかった「リスク」としての年上の彼

別の視点から、三鷹さんはどうして選ばれなかったのかを考えてみましょう。そこから響子さんが五代くんを選んだ理由が見えてくるかもしれません。

三鷹の優位性の矛盾

三鷹さんは、学歴や社会的地位、経済力、将来性、社交性、どれをとっても五代くんに比べて優位だったと思われます。
スペックを並べれば、三鷹さんは響子さんの「理想の結婚相手」です。

外見は五代くんも悪くはないのでしょうけど、三鷹さんを描く際にまま表現される、歯の「キラキラ」エフェクトは五代くんには見られない、彼と彼の家族(飼い犬のマッケンロー含む)独特のものです(例外として五代くんの祖母「ゆかり」さんも入れ歯、と思われる歯を光らせます)。

その上で彼は、響子さんに対して明確に愛情を伝えていて、プロポーズもしていましたし、その結論を何年も待ち続けていました。
にもかかわらず、響子さんは最後まで彼に向けて明確な「YES」を返すことはありませんでした。

三鷹さんに高い優位性があったのに選ばれなかった、響子さんは答えを常に先延ばしにしていた、この2つの事実こそが、彼女の結婚相手の選択基準には、「表面上のスペック」とも「愛」とも異なる基準が存在していたことを示しています。

年齢差とリスク

またここで先ほども取り上げました「年齢差」が出てきます。

先ほど申したとおり、単行本13巻時点で三鷹さんが31歳、響子さんが秋で27歳(ということは26歳)と3から4歳の年の差があります。

この男性が女性の3~4歳年上という事実は、結婚相手としては特に珍しいものではありません。
ところが先述した響子さんのトラウマに照らし合わせると、決定的なリスクとして彼女の意識や無意識に作用していたことが考えられます。

響子さんが夫を亡くしたのが20歳か21歳と思われ、惣一郎さんがその9歳から10歳年上となると、彼が亡くなったのは30歳か31歳です。
先ほど申し上げたとおり、13巻時点で三鷹さんは31歳、まさに惣一郎さんが亡くなったのと、ほぼ同じ年齢です。

彼女の意識下・無意識下では、「年上」の男性を選ぶことは、愛する人が先に逝ってしまう、また自分だけ取り残される」という過去の悲劇と直結するスイッチを押すことになったのではないか、と考えます。
三鷹さんのスペックの高さ、愛情の確かさを頭では理解していても、心が本能的に拒否反応を示してしまう可能性です。

愛と孤独のせめぎあい

それでも、響子さんは五代くんから三鷹さんへ気持ちが揺れ動くこともままありました。
10巻では結婚直前まで行っています。

そう…あたしが悩んでる間中……
ず~~~っと遊んでたわけね……
早く帰るって言ったくせに。
あたしのこと思い出しもしないで……
よ~~~っっっくわかったわ。
結婚してやる。

10巻「『犬が好き』PartⅡ」174~175ページより

それらの事実は、響子さんが夫を亡くすトラウマを抱えていなければ、三鷹さんのプロポーズに迷いはなかった可能性を示唆しています。
しかし最終的にはやはり三鷹さんではなく、五代くんを選んでいます。

それは彼女は若くして「大切な人に先に逝かれる苦しみ」を知ってしまったから、ということもあったでしょう。
三鷹さんが提供した愛と安定のある生活の裏側に、自分を再び襲うかも孤独のリスクを感じ取って、決断を保留したことがあるかもしれません。
それが事実だとしたら、このリスクこそが、三鷹産の圧倒的と言っていいレベルの優位性を覆した、愛とは別に存在した強力な障壁だったと言えるでしょう。

五代裕作:選んだ「安心感」としての年下の彼

一方、響子さんが選んだ五代くんはどうだったでしょう。

五代の「ハンデ」と「最大の武器」

13巻裏表紙より。一刻館の玄関前の段差に並んで腰を下ろす五代くんと響子さん。
単行本13巻裏表紙より

スペックでは圧倒的に三鷹さんより劣っていた彼は、響子さんの2歳年下であるという揺るがない事実を持っています。
彼女にとってその事実は、五代くんの最大の武器であり、彼にとっても彼女にとっても最大の「救い」でもありました。

トラウマの回避としての「年下」の選択

彼女の根源的な恐れは、愛する人が先に逝ってしまい、再び一人になることです。
このトラウマを回避する最も合理的で現実的な選択が「年下の男性を選ぶ」ことで、それこそが最も有効的な自己防衛ともなったことでしょう。

つまり、年上の三鷹さんより年下の五代くんを選ぶことは、彼女にとって「自分が夫より先に逝く可能性が高い」、言い換えれば「夫が自分より先に逝く可能性が低い」という安心感を得られます。選ぶこと自体が保険になり得るということですね。

もちろん、年下というだけでは結婚には至らないでしょう。
しかし、最終的な決断をさせたのは、五代くんが自らの「孤独への恐れ」を解消できる、最も安全な選択肢でもあったからでしょう。

五代裕作という人物は、響子さんの愛と、トラウマの回避を、同時に満たすことのできる唯一の男性でした。

作者の狙い

この三角関係において、作者の高橋留美子さんが年齢に差をつけた(13巻時点で三鷹31歳、響子27歳、五代25歳)こと。
この設定は単なる作者の気まぐれではなく、明確な意図があったと想像されます。

それは惣一郎さんが10歳ほども年上に設定され、そして物語開始時には既に故人であったことから、間違いないことと思われます。

つまり、響子さんが結婚相手を決める際は、愛だけでなく、「年齢差=リスク」という現実的な心理的要素で2人の男性を天秤にかけ、最終的にトラウマを回避する可能性がより高い選択肢を採ることを示唆しているのでは、ということです。

私見であること

本稿で書いたことは、あくまでも私見です。
高橋留美子さんが公式にそういうことを言っていることではありません。

お願い…一日でいいから、あたしより長生きして…

15巻「PART♥7 約束」147ページより

私がこの考えに行き着いた決定的な表現は引用部の、五代くんのプロポーズに対する彼女に返事に表れています。
このセリフは明確な証明になり得るかなと感じています。

まとめ

まとめます。

音無響子の五代裕作への愛を疑うものではないが、彼女の決断をお通ししたのは、亡夫との10歳ほどの年の差によって生じた孤独への恐れ。
愛だけでなく、二度と独りになりたくないという彼女の自己防衛本能を満足させる、唯一の候補が五代であったのだろう。
『めぞん一刻』のラブストーリーは、五代の奮闘記でありつつ、若き未亡人の孤独と、それを乗り越えた先の安心できる未来を採る心理劇でもあった。

本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。

ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

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