漫画『めぞん一刻』において、既に故人にもかかわらず物語に与える影響力の強い「音無惣一郎」。彼は、本作のヒロイン「音無響子」の亡き夫です。故人ですね。
そんな惣一郎さんは、常に顔や腕・手など素肌が「黒塗り」されており、どのような顔をしているのかの具体的な「描写」が一切ありません。
本稿では、響子さんの回想シーンや家族・親族の思い出話から、惣一郎さんの人物象を探り、彼が響子さんと五代くんに与えた影響、彼が作品にもたらしたことなど考察していきます。
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音無惣一郎
| 作品名 | めぞん一刻 |
| 作者 | 高橋留美子 |
| 単行本1巻と最終巻発行日 | 1982年5月1日、1987年7月1日 |
| ジャンル | 青年、恋愛、ラブコメ |
| 発行社 | 小学館 |
| レーベル | ビッグコミックス |
| 巻数 | 全15巻(単行本) |
高橋留美子さんによる、昭和の時代に描かれ、令和の現代まで時代を飛び越えて愛されている名作ラブコメ『めぞん一刻』。
本稿ではヒロイン「音無響子」の亡き夫「音無惣一郎」に関して触れていきます。
響子さんの飼い犬の名前も「惣一郎さん」ですが、今回は犬の話ではありません。
惣一郎さんは、本作で何度も登場しますが、顔や腕・手など黒でベタ塗りされており、どのような顔立ちをしているか、読者は最後まで知ることはありませんでした。
メインキャラクター「五代裕作」でさえ、彼の顔立ちを初めて見た場面は最終盤、15巻「PART♥9 桜の下で」173ページです。
響子さんとのウェディングシーン(172ページ)では、タキシード姿の惣一郎さんが描かれていますけど、その顔もテレビ番組のワイプ的に、響子さんと五代くんの小窓(コマ中のコマ)によって覆われ、確認することができません。
年齢
惣一郎さんの年齢は何歳でしょうか。
作中、はっきりと言っている箇所は見つけられません。
だって、この頃 惣一郎さん 27歳……
5巻「PART♥9 配達された一枚の葉書」191ページより
ただ、5巻「PART♥9 配達された一枚の葉書」に当時の年齢が書かれています。
引用部は昭和52年春からつけられていた彼の日記を響子さんが読んでいる場面です。
昭和52年のときに27歳ということは、誕生日がわからないので誤差はあると思いますが、惣一郎さんは昭和25年(1950年)生まれとなりそうです。
物語がスタートした昭和55年(1980年)は、もし生きていれば30歳となりそうですし、2025年まで生きていたら75歳ほどになるはずです。
30歳になる前に亡くなられたということになります。
死因は明らかにされていません。
響子さんが嫁いで半年ほどで亡くなられたそうです(1巻「PART♥7 春のワサビ」より)ので、急病か交通事故か、でしょう。
何か障害があったり、長いこと入院しそうな病だったりするなら、特に響子さんの両親は結婚を認めないでしょうし、そのような話は作中一度もありません。
響子さんの「牛ロース、ニラ、ニンニク、卵」を使った料理が大好物だったという話が2巻「PART♥4 メモリアル・クッキング」にあるので、入院をするような病気をしていたなら、そういうスタミナ料理と思えるものを大好物とは言わないと思うので、そこからも急逝したのだと想像されます。
また、8巻「PART♥4 春の墓」では、霊安室と思われる一室で、惣一郎さんの顔に白い布がかけられている様子が描かれています。その直前に、買い物帰りで家の玄関にいると思われる響子さんが「え… うそでしょ だって…」と言っており、突然不幸があったことを強く印象付けています。
このシーンが、先ほど急病か交通事故と書いた根拠になっています。
響子さんとの年の差は?
響子さんは何歳だったか。
9巻「PART♥3 VS.乙女」には、五代くんが管理人さんの母校の卒業アルバムを探して、同校で地学の非常勤講師をしていた惣一郎さんの顔を見てやろうとする場面があり、同巻56ページに「1977年」の卒業アルバムを探している様子が描かれています。
ちなみにこのときも、惣一郎さんの写真のところにインクがこぼれていて、顔を拝むことは叶いませんでした。五代くんも私たち読者も。
つまり、響子さんは1977年(昭和52年)に高校3年生だった、1977年度に18歳になるということで、生まれ年は1959年(昭和34年)4月2日〜1960年(昭和35年)4月1日生まれとなりそうです。
夫婦の年の差を計算しますと、昭和25年(1950年)生まれの惣一郎さんと、1959年(昭和34年)4月2日〜1960年(昭和35年)4月1日生まれの響子さんの年の差は9歳から10歳ということになりそうです。
登場シーンまとめ
惣一郎さんの登場シーンをピックアップしてみましょう。
私はオリジナルの単行本しかもっていませんので、これから書く巻数と話数、ページ数はそれに対応したものになります。ご了承ください。
登場シーン:姿
この項では、惣一郎さんの「姿」が描かれている場面を挙げています。
- 1巻「PART♥8 惣一郎の影」154~155ページ(※)
- 1巻「PART♥8 惣一郎の影」171ページ
- 2巻「PART♥4 メモリアル・クッキング」77ページ
- 2巻「PART♥10 影を背いて」190~192ページ
- 2巻「PART♥10 影を背いて」199ページ
- 4巻「PART♥3 ふりむいた惣一郎」55~57ページ
- 5巻「PART♥9 配達された一枚の葉書」191ページ
- 6巻「PART♥6 梅酒婆あ」123~124ページ(※)
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」49ページ(扉絵)
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」59ページ
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」68ページ
- 8巻「PART♥4 春の墓」84ページ
- 9巻「PART♥3 VS.乙女」45~47ページ
- 9巻「PART♥3 VS.乙女」61ページ
- 10巻「PART♥5 桜迷路」96~97ページ
- 11巻「PART♥2 二人の旅立ち」25ページ
- 15巻「PART♥2 契り」30ページ
- 15巻「PART♥9 桜の下で」172ページ
※1巻「PART♥8 惣一郎の影」154~155ページの惣一郎さんは、五代くんの妄想に登場します。妄想なのですが、後に登場する惣一郎さんと同じシルエットですので、取り上げる必要がありそうです。
※6巻「PART♥6 梅酒婆あ」123~124ページも、五代くんの想像です。
惣一郎さんの為人
こちらでは、惣一郎さんの故人の生前の様子や、為人(ひととなり)がわかる「言葉」が書かれている場面と、その内容を挙げます。
- 1巻「PART♥7 春のワサビ」150ページ:音無老人「嫁いで半年もたたんうちに、惣一郎は逝ってしもうた…」
- 1巻「PART♥8 惣一郎の影」172ページ:(響子さんの姪)郁子「(ハンサムなおじさんだったんだろ~?)別に~~ちょっと変わり者だったよ」
- 5巻「PART♥9 配達された一枚の葉書」202ページ:響子「(昭和52年=1977年)ずいぶん前からあたしのこと思っててくれたのね…」
- 6巻「PART♥6 梅酒婆あ」122ページ:響子「主人は下戸だったんですから。それに、真面目でストイックで…… こんなに(犬の惣一郎が梅酒に酔って)こんなにしつこくありませんでした」
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」56~57ページ:郁子「だから、あんなさえない惣一郎おじさまと結婚しちゃったのよー」、響子「郁子ちゃんまだまだ子供だから、なかなか男の人の内面まで見えないのよねー」、響子の義姉「おとうさん、惣一郎ってそんなにすばらしい男だった?」、音無老人「いやー、響子さんがそう言うんなら……
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」59ページ:音無老人「(五代くんに貸した寝巻を)それね、響子さんが惣一郎に縫ってやったやつなんだよ」「袖の寸法が違うだろ」、(回想の響子「ご、ごめんなさい 直すから……」、惣一郎「いや、いいよこれで」、響子「無理して着なくてもいいのに」、惣一郎「いやあ」)、音無老人「…結局そのまま愛用してたっけ……」
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」60ページ:五代「あの… 惣一郎さんってぼくに似てたんですか?」、音無老人「そうだなあ… ちっとも似とらんなあ」
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」61ページ:義姉「惣一郎 喜んで着てたじゃない」、響子「ええ、それで私もついうれしくって…とうとう直さなかったんですよねー …やさしい人だったな……」
- 8巻「PART♥4 春の墓」83ページ:響子「惣一郎さん、かんぴょう巻きです」「これを切らないで……まるかじりするのが好きだったわね」
- 9巻「PART♥3 VS.乙女」45ページ:(回想)惣一郎「いえ……私はどおも……女の人にもてませんので…………」
- 9巻「PART♥3 VS.乙女」47ページ:(回想、高校時代の)響子「うちのクラスいっつもあーですから、もう少し大きな声 出した方がいいですよ」、響子「先生って感じじゃなかったなー、あの人………」
- 10巻「PART♥5 桜迷路」94~95ページ:音無老人「もっとも惣一郎の場合、無職だからって全然おちこんでなかったがな」、響子の義姉「あの子はねー、あなたの高校の講師になるまでは、ずいぶん長いことブラブラしててね」、音無老人「飯ばっか食っとったなあ……」、義姉「ほんとによく食べましたね……」、音無老人「食った食った」、義姉「あら おとうさん、惣一郎はね どんなに悩んでても、食欲にだけは、影響のない子だったんですよ」、響子「食欲はともかく… そうねえ、悩み…とかあんまりピンとこない。 春みたいな……… おだやかな人だった……」
- 10巻「PART♥5 桜迷路」97~98ページ:響子「(高校内で、桜餅が店に売られていなくて落胆したけど気を取り直して食べましょう、と響子さんにまんじゅうを進める回想の後)気楽な人だた…」「五代さんもあのくらい超然とできればいいのにね……… 無理か 性格違うし」
- 12巻「PART♥9 菊と積木」168ページ:響子「好き嫌いのない男でした 花は確か菊が…」「はい、おひたしもできて得だと…」
- 15巻「PART♥9 桜の下で」175ページ:五代「へえ。惣一郎さんの写真…初めて見たけど、やさしそうな人ですね」
以上です。
登場シーンからわかること
登場シーンをまとめました。ここから見えてくるものは何でしょうか。
物語序盤
まずは気になるのは、姿が描かれているシーンは、物語の序盤(~5巻)と中盤(6~10巻)に集中している点です。逆を言えば終盤の出番が極端に少ないです。
これはおそらく物語終盤の展開が、響子さんと五代くんと「三鷹瞬」の三角関係、あるいは五代くんの就職と資格試験、そして響子さんと五代くんの交際・結婚のことにフォーカスしているからと思われます。
中でも物語の最序盤(1~2巻)に多く登場しています(17回中5回)。
このことは、惣一郎さんという存在がいかに響子さんにとって大切な存在か、彼が五代くんにとって響子さんを射止めるための「壁」になっていることを、私たち読者に提示する意味合いが強くありそうです。
そのためには言葉だけでなく、姿を一緒に描いた方が、より強く印象に残ることでしょう。
物語中盤
物語中盤は、姿が描かれることもありますけど、それ以上に、惣一郎さんが具体的にどのような人物だったか、その性格や性質、人間性を言葉で説明することが主軸に変わっている印象です。
とりわけ8巻「PART♥3 闇の中の顔」がその傾向を決定づけています。
響子さん以外の人から見ると彼は「冴えない」人であったこと、言葉も行動も柔らかく、響子さんを大切にしていたことが、より確定的に語られています。
浴衣・着物を作ることに慣れていない響子さんが、夫のサイズに合わないものを作ってしまったのに、それを愛用したことは、彼の妻への愛情表現でしょうし、彼の包容力の大きさや深さを表しているようでもあります。
姿も描かれていますから、見た目を含めた共通の「惣一郎像」を読者の印象づけるために、ページ数が割かれている印象です。
物語終盤
一方で物語終盤は、彼の登場回数がガクッと減ります。
理由は先ほども書いたとおりで、三鷹さんを含めた響子さんと五代くんの恋の行方に、物語の焦点をぐっと絞ったからだと私は思います。
言い換えれば、響子さんの心の中に「生きている人たち」が入り込んできて、彼女が惣一郎さんのことを考える余裕が、時間的にも精神的にも少なくなったからではないでしょうか。
あるいは亡夫を考えなくていいようになったか。
物語の終盤は、五代くんと三鷹さんがその筆頭にいるとして、一の瀬さんや四谷さん、朱美さんといった一刻館の住人、「七尾こずえ」、「八神いぶき」、「九条明日菜」、響子さんの両親、三鷹さんの叔父さんたちが、響子さんをかき回していました。
そして、そのことは彼女が生きていること、惣一郎さんが亡くなっていることを、明らかにしている事実でもあります。
故人は、亡くなった時点から何も情報が上に重ねられませんけど、生きていれば色々な人と触れ合うことになり、つまり変化し続けます。
響子さんで言いますと、生きている人が自分の心に中に入ってくることで、相対的には故人のことを考える、時間的精神的な余裕がなくなってくる道理です。
そしてそれは良いことなのだと思います。
未亡人、また死んでいない妻ってことだよね。
3巻「PART♥8 私は負けない!!」155~156ページより
でも違うだろ?
死んでないのじゃない、生きてるんだ。
忘れなくちゃいけないよ、惣一郎のことは……
引用部は物語の序盤、音無老人の響子さんに向けてのセリフです。
引用部内太字は私の独断で太字にしていますが、この太字部分は物語の根幹を成す、極めて重要な言葉と個人的に思っています。
そして、このことを体現しているのが物語終盤でしょう。
哀しみを乗り越えつつある、あるいは乗り越えた、と言うこともできそうですね。
白い惣一郎さん
惣一郎さんは、顔など頭部、腕や手、着ている服の他の、見えている地肌のすべてが「真っ黒」です。黒でベタ塗りされています。
目・鼻・口も塗りつぶされているため、どのような顔かが一切わかりません。
ところが惣一郎さんの腕や手が白く描かれている箇所が3か所だけありました。
白とは、漫画は基本、白黒で描かれているためで、実際には肌の色でしょう。この記事では以降、便宜上「白」と表記します。
具体例
彼の肌が白く描かれている3か所を具体的に挙げてみます。

- 1巻「PART♥8 惣一郎の影」171ページ:彼の初登場シーン
- 8巻「PART♥3 闇の中の顔」68ページ
- 15巻「PART♥9 桜の下で」172ページ:彼の最後の登場シーン
上記の3か所です。
惣一郎さん=黒というイメージが強かったので、そもそも存在しないと思っていましたが、探してみると案外ありました。
共通点
挙げた3か所の共通点はあるのかを探ると、ありました。
それは「写真」に収まっていることです。
1巻8話は、顔の部分が彼の姪「郁子」ちゃんに破られていて、彼の首元と、郁子ちゃんと手を繋いでいる右腕だけが素肌の描写(他はシャツとスラックス)で、首も腕・手も白いです。
8巻3話は、音無の実家の仏壇に、額に収まった彼の遺影がかけられています。
このエピソードは、遺影のガラスが割れていたため彼の顔を拝めなかった、というオチになるため、読者(と五代くん)は顔の詳細を見ることができません。
ところが、割れたガラスの奥の彼が、髪の毛が黒いのに対して顔は白く描かれていることは確認することができました。
服は黒いスーツに黒いネクタイ、白シャツのように私には見えます。
15巻9話では、響子さんと彼の結婚式の様子が収められています。
彼はタキシードを着ていて、その右手には白手袋も見られます。手袋が見られるため、手は素肌でしょう。
当該コマの、彼の頭部がある部分は、そのコマの中にも小さなコマが配置されていて、頭部が隠されています。もちろん顔を隠すための意図的な配置でしょう。
なので私たち読者は、彼の顔は最後の最後までわからず仕舞いになっています。
でも手が白い(肌の色)のですから、頭部も黒塗りにはされていなかったのでは、という想像はできそうです。
しかしながら、3箇所のいずれも顔のパーツは伏せられており、彼がどのような顔立ちかは、黒塗りのときと同様に、読者には一切わからないようになっています。
塗り忘れ?
この3か所だけ白いままの原因の一つに考えられること、それは作者さんの「ベタの塗り忘れ」です。
ただ、写真に収まっている惣一郎さんだけが肌が白いという共通点は、個人的には理由として強固なものに感じられます。
連載時に塗り忘れがあったとしても、単行本を発行する段階で、連載時の粗は修正するでしょうし、塗り忘れの可能性をゼロにはできないものの、考えにくいです。
黒い理由は何か?
そもそものところで、写真以外の惣一郎さんが黒い理由は何でしょうか?
響子さんと五代くんとで「黒の意味が異なる」ように思います。
響子さんは高校時代と新婚時代(高校卒業後から結婚するまでの期間もあるでしょう)に、短いながら彼と時間を過ごしてきました。
五代くんは彼のことを知ったときには、既に彼は故人でした。
そんな二人の、彼に対して抱く印象がイコールな訳がないからです。
響子さんにとっての黒
響子さんにとって、惣一郎さんが黒く塗られている意味は何でしょう。
一つは「理想化」と「聖域化」です。
彼女にとって彼は「陽だまり」そのもの。それほど彼女にとって理想的な人だったのでしょう。
その根拠になりそうなセリフが、実は物語開始早々の1巻で語られています。
生きていれば――
1巻「PART♥7 春のワサビ」151ページより
いろんな欠点も見えてくるだろう。
でも死人は無敵だ。
彼女の中で理想像が増殖していく。
響子さんが未亡人だと知ったエピソードにおける五代くんのモノローグなのですが、こういうことを象徴的にビジュアル化したものが黒塗り惣一郎さんなのではないかと考えています。
最終15巻では響子さんが亡夫のことを語っています。
あたしは、世界の誰よりも惣一郎さんが好きだった…
15巻「PART♥2 契り」29~31ページより
惣一郎さんだけを見て、惣一郎さんの背中を追いかけて、
惣一郎さんで心の中をいっぱいにして、
しあわせ…だったわ…
五代くんと結ばれる直前のセリフで、惣一郎さんと同じくらい好きになった五代くんだからこそ言える言葉であると思いますので、重さが違います。
初恋の相手だったこと(2巻192ページ)、嫁いで半年ほどで逝ってしまったこと(1巻150ページ)。短い結婚生活と悲劇的な別れによって、彼女にとって亡夫は「永遠に失われてしまった、最も美しい存在」として、彼女自身の中で聖域化されてしまいました。
人間としての欠点や生々しさの一切を排除して固定化させた。象徴や観念に近い存在に仕立てられたものが黒塗りの惣一郎さんではないかと考えます。
もう一つは、響子さんにとっての「悲しみの深さ」と「過去の重み」の視覚化です。
惣一郎さんの喪失は、彼女にこれ以上ないほどの哀しみと、次の恋に進むことの難しさを与えてしまいました。
響子さんは未亡人となったことで、いきなり生活が宙に浮いてしまいましたが、義父の斡旋で一刻館での管理人業を始めることになりました。
そこで運命の人=五代くんと出会うわけでですが、過去を引きずるように生きていて、五代くんを受け入れることは「過去の否定」につながるため、意識的・無意識的に彼を受け入れることを恐れています。
響子さんは、五代くんを好きになっていることを、惣一郎さんへの裏切りだと感じていたかもしれません。彼女が過去に囚われ、五代くんを受け入れきれない、その葛藤には常に「黒い惣一郎」さんがいたはずです。
亡夫を黒塗りにすることで、管理人さんの心の闇や重圧、あるいは障壁を表すと同時に、彼女「影」としても描いている、と言えるでしょう。
五代くんにとっての黒
五代くんにとって惣一郎が黒塗りである理由は何でしょうか。
先ほどの引用部にあるように、五代くんは響子さんが亡き夫に縛られていると感じています。
それでも彼女に恋をして、脇道に逸れつつもその想いを7年ほど貫き、成就させました。
物語開始当初は19歳だったでしょうから、彼女の一人も作りたかったでしょうし、あれもこれもしたかったでしょうけど、そういう描写は10巻「PART♥8 『犬が好き』PARTⅡ」で風俗に行ったことを語るまで一度もありませんでした。
五代くんが惣一郎さんを想像したり、墓参りなど響子さんの言動から彼の影を感じたりする際の、五代くん自身の心理的な不安や劣等感として、惣一郎さんが黒く描かれてるのでしょう。
まさに、先ほど引用しました「死人は無敵だ。彼女の中で理想像が増殖していく」ことへの恐怖や畏怖の現れではないか、ということです。
最後の最後まで惣一郎さんの顔を見ることができず、響子さんや郁子ちゃん、音無老人からの断片的な情報しかないこともあり、その響子さんからみた前夫の「完璧さ」は得体の知れない存在や越えられないライバル(=黒)として、彼の前に立ちはだかっていたことでしょう。
響子さんがどんな気持ちでその名前 呼んでるか わからないから…
15巻「PART♥2 契り」35ページより
いつだって不安です…
五代くんのセリフです。
引用部のように、響子さんと契りを結ぶ直前にも、最終盤になっても彼のプレッシャーになっていました。これはセリフにあるとおり不安と、嫉妬もあったかもしれません。
本物の惣一郎が
上に挙げた惣一郎の登場シーンの一覧(私のカウントでは18回)で、他とは異なる意味合いをもった回があります。
それは11巻「PART♥2 二人の旅立ち」25ページです。

なぜかと言うと、あの場面の惣一郎さんだけが「本物」と考えているからです。
ちなみにこのシーンでの彼は黒塗り。
この件は以前、当サイトで言及しています。上にリンクを貼った記事がそれ。
詳しくはリンク先の記事をご覧になってください。
理性と本心
11巻2話場面で、響子さんは五代くんから決定的な言葉を浴びせかけられます。
おれ…
11巻「PART♥1 閉じられた扉」19ページより
もう あなたのこと…
…なんとも思っていませんから……
この言葉を受けて、彼女は涙を流し、そのまま泣き寝入りをした夢の中に、惣一郎さんが登場します。この惣一郎は本物(霊)だと私は思っています。
過去の愛を絶対視している彼女は、五代くんへの気持ちを誤魔化そうとしています。怖くて受け入れられないのですね、認めてしまうと過去の愛が嘘になりそうで。
しかし、五代くんを失うという初めて感じられた「危機」に直面して、五代くんへの愛が「涙」となって顕在化しました。
理性ではなく体が、涙を流すという正直な反応を示した、と言い換えてもいいでしょう。
ところが彼女は、その涙の意味を理解できていない(あるいは受け入れられない)ため、しびれを切らしたかどうかわかりませんけど、知らせるために惣一郎さんが夢に出てきてたのだと、私は考えています。
真・惣一郎の登場の意味
夢の中に現れた惣一郎さんは、何をしたのか。
夢の中で響子さんは、夢の中でどうして泣いているのかと、亡夫に問われても「わからない」と答えていますし、それに対して惣一郎さんは「バカ」と連呼しました(11巻「PART♥2 二人の旅立ち」19ページより)。
彼のこの行動は他の登場シーンとは明らかに異なる役割を担っています。
これまでの惣一郎さんは、響子さんの過去の愛着や理想像、五代くんにとっては壁となっていることは、上の項目に述べたとおりです。言葉遣いも、温和なものしかありません。
それに対してこの場面での惣一郎さんは、響子さんの現在の心に介入して、未来へと導く意思を伝えました。そして言葉遣いが荒々しいですし、響子さんの本心に気づくよう促す発言です。
妻のために、惣一郎さんが夫として送った最後の言葉だったのかもしれません。
夫の言葉によって、理性という心の壁を打ち破ったのでしょう。
まとめ
まとめます。
「音無惣一郎」が『めぞん一刻』にもたらしたもの。
惣一郎さんは黒と白とで描き分けられている。白いときは写真に写ったときで一致しているため、作者の明確な描き分けがある。
黒い理由は、響子さんにとっては「悲しみの深さ」と「過去の重み」の視覚化・顕在化。五代くんにとっては、響子さんにとっての完璧な男性である彼への「恐怖」や「畏怖」の現れ。
登場シーンの中で唯一、11巻2話の彼だけは「本物」であり、彼の言葉が、妻・響子が次への愛に向かわせるための最後の一押しとなった。
というのが、私なりの解釈と感想でした。
次回は、響子さんと五代くんの間に生まれた子「春香」ちゃんと名付けられたのか、子の名前に隠された二人の想い、決別と継承の物語を深堀りします。お楽しみに!
本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。
ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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