三島芳治さんによる漫画『児玉まりあ文学集成』のタイトルの意味は何でしょうか。
文学とは何か集成とは何か、「文学集成」とは何かか、などを私なりに調べて書いていきます。
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児玉まりあ文学集成
| 作品名 | 児玉まりあ文学集成 |
| 作者 | 三島芳治 |
| 1巻初版発行日 | 2019年4月25日 |
| ジャンル | 青年、学園、恋愛 |
| 発行 | リイド社 |
| レーベル | トーチコミックス |
「三島芳治」さんによる、学園もののマンガ『児玉まりあ文学集成』。
読みは「こだままりあ・ぶんがく・しゅうせい」。
ジャンルは学園ものや恋愛ものが該当しそうです。ローファンタジーものでもあるかもしれません。
単行本の帯には「これは児玉さんが笛田くんに文学講義を行いながら 高校生活を謳歌するお話です」と書かれています。まさに概要はこのとおりです。
「児玉まりあ(こだま・まりあ)」は女子高校生で、文学部に所属しています。文芸部ではないことがたぶん重要。
「笛田実(ふえた・みのる)」は、児玉さんと同学年の男子生徒です。
物語開始時に既に1年近く、児玉さんの出題する文学部の入部試験に落ち続けていて、入部が叶っていません。
タイトルの意味は何?
本作『児玉まりあ文学集成』のタイトルの意味は何でしょうか。
わかるようでわからないです。
タイトルのうち「児玉まりあ」は、そのままメインキャラクターの名前なので大丈夫ですよね。
問題は「文学集成」の部分で、文学とは何か、集成とは何か、文学集成とは何か、これが難しいのだと思います。
文学とは何か
ここから書くことは私がそう捉えているだけで、間違った認識かもしれません。
そもそものところ、「文学」とは何でしょう。
辞書的な意味は、文章を用いた芸術作品や、それを研究する学問のこと、となるでしょうか。
笛田「児玉さんが天使だと思ったから正直にそう言っただけで」
第三話「女子の褒め方」(1巻46~47ページ)より
児玉「それこそが文学よ」
1話で笛田くんが児玉さんに言ったセリフが犯罪になり得る、という話から出たセリフです。
人が経験する ものとしての時間や 星の星の間のようや 客観的には見ることのできない距離
第三話「女子の褒め方」(1巻52ページ)より
そうした物を言葉の操作によって 把握するための学問よ
こちらは文学部の隣りにあるコンピューター研究会の「杉原」さんが部室を訪れ、文学部、ひいては文学の批判を展開しました。
文学ってそもそも学問なの、自分の頭で勝手なお話を考えることが学問って言えるの、と。
それに対する児玉さんの反論が引用部になります。
児玉さんのセリフは、相手を褒めたり相手を言いくるめたりするための方便として用いられている節も強く感じさせますから、これが辞書的な意味での正解ではない可能性は十分あります。
集成
「集成」とは何か。
私たちがよく用いる似た言葉に「集大成」がありますが、こちらとの違いも気になります。
集成の意味は「あるジャンルや物事に関しての情報を広く集めて、それをまとめたもの」と言うことができるでしょうか。
集大成は集成と基本同じ意味のようですけど、より大規模なものを感じさせますし、より決定的な感じがしてきますね。決定版的な。
上に書きましたように、私の感覚で書いているだけですので、正しさを求めないでください。
正しい情報はご自身で辞書を調べてください。
集成については、本作の作中では全く触れられていない言葉です。私の見落としがなければ。
なので、作中での言葉の把握・認識はわかりません。
つまりどういうこと?
文学と集成については、とりあえず上記のようなことでした。間違っているかもしれませんけど。
これまで調べたことを踏まえた上で、改めてタイトルの意味は何かを考えてみます。
文学集成が、作中でどのように表されているのでしょうか。
「卒業前に告白して二人は交際」
第十八話「エンド オブ 文学」(3巻97ページ)より
この結末なら学校が終わった後も文学を続けられることがわかったんです
「文学を続けられる」、これはヒントになっていそうなセリフです。
どういう場面かを書いておいた方がよさそうですね。
児玉さんから笛田くんに、自分たちはいずれ高校を卒業することは明らか、となると文学部の活動も終わりを迎えることになる、と告げられます。
卒業をしたらもう2人は会わない。同窓会で会うことがあるくらいだと。
当たり前のことですけど、笛田くんには考えられないことだったみたいで驚きます。
何せ彼にとって部活動は、というより学校に来ることは、児玉さんに会うことと言いきって、何ら言い過ぎではない、であろうからです。
終わりが来ること、終わった後のことを考えた彼は、2人が男女交際をすればいいのでは、という結論に至りました。そのときのセリフが引用部。
つまり彼は彼女に交際を申し込んでいます。
恋愛と いうものは
第十八話「エンド オブ 文学」(3巻100ページ)より
最も 古いと 同時に
最も 非文学的な 結末でも あるの
交際を申し込まれた児玉さんは引用部のような返答をしています。
引用は一部で、返答はまだ先に続いていますので、引用部が返答のすべてではありません。
引用部だけを読むと、告白を断る流れに思えますね。
実際にどのような返事をするか、2人の関係はどう変わるのか変わらないのか、などは単行本3巻をご覧になってください。
他にもヒントとなりそうな場面なりセリフなりはあるでしょうか。
第二十一話「文学部とは何か」(4巻10ページ)では、文学部に入部希望の「メアリーシェリー」という女の子に活動内容を聞かれて、「二人でいろいろな物をたとえたり二人でひと月くらい しりとりをしたり」などと笛田くんが発言しています。
笛田くんが答えた内容は、それまでに漫画で描かれた場面ばかりです。
これらからわかることは、本作のタイトルの意味は児玉さんが笛田くんにしたこと、笛田くんの反応・変化、彼の反応・変化によって反応・変化する児玉さんのこと、つまりは本作の作品内容の全て、ということです。
当たり前な帰結ですけど、調べた上で改めてそれを強く感じられました。
ぶっちゃけると
まぁただ単に、笛田くんを好きなのだけど不器用なために親しくなる方法がわからない児玉さんが、彼との距離を近づけるために、あれこれしているだけの物語なのですけどね。
彼女は文学しか知らないので、それを介することでしか接することができないという。
それを文学と言っている、集成と言っている、ただそれだけのことではあると思うのですが。だがそれがいい、という作品ではないでしょうか。
まとめ
まとめます。
三島芳治さんの漫画『児玉まりあ文学集成』のタイトルの意味は何か。
文学は文章を扱った芸術作品やそれを扱う学問のこと、集成はあるジャンルについての情報ををまとめたものと思われる。
児玉さんにとっての文学と思われる物事をまとめたもの。
文学を自分にはない妄想力を持った笛田くんを大文学者にするべく、自らの文学の全てを彼に施す。これがタイトルの意味になっていると私は考える。
つまり作品内容そのものが彼女の文学集成なのだろう。
単に、彼女が文学を介してしかうまく距離を縮める方法がわからないから、あれこれと策を練っては彼と接触する機会を設けている、それを文学集成などと大仰な物言いにしているだけではある。だがそれがいい。
というのが、私なりの解釈と感想でした。
本文に書いたことはあくまでも私一人の意見や感想、解釈でしかありません。単なる一意見ですので、絶対的に正しいものなどと思わず、参考程度におさえてご覧になってくださると幸いです。
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ということで、今回の記事はここまでになります。
最後まで読んでくださって、誠にありがとうございます。


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