『陽あたり良好!』の高杉勇作はなぜかっこいいのか【ネタバレ有】

陽あたり良好!
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あだち充さんが、女の子向けの漫画雑誌『週刊少女コミック』で連載した『陽あたり良好!』。

主人公「高杉勇作」、彼は自らの才能を「誰かを応援するため」に使う、一歩引いた誠実さを持つヒーローです。
「一生懸命にがんばることしかできない」と評された彼が、仲間のために汗を流し、最後には自分自身の恋をどう「応援」したのか。
今回は、少女漫画というフィールドで再定義された、高杉勇作という男の爽やかで不器用な美学を考察します。

ネタバレは強いバレ要素がありますので、バレても大丈夫な方のみ下方スクロールをお願いいたします。

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『陽あたり良好!』の高杉勇作

1巻表紙。高杉勇作と岸本かすみです。
1巻表紙より

『陽あたり良好!』について。

作品名陽あたり良好!
作者あだち充
単行本1巻と最終巻発行日1980年11月20日、1981年8月2日
ジャンル少女、恋愛、ラブコメ
発行社小学館
レーベルフラワーコミックス
巻数全5巻(単行本)

『陽あたり良好!』はあだち充さんが1980年代初頭に描かれた少女漫画です。

本稿では本作の主人公「高杉勇作」の、新たなヒーロー像についての考察をします。

※本稿で表記する巻数とページ数は、すべてオリジナル版の単行本に対応しています。

あだち充さんの描く高杉勇作には「気取った」ところが全くと言っていいほどありません。
彼はテストで満点を取っています(2巻20ページ)し、中学までは空手をしていて(1巻46ページ)、足が速く(2巻73ページ)肩も強く(2巻106ページ)反射神経に優れ(2巻136ページ)、野球部の助っ人としても活躍しました(2,3巻)。
このように、極めて高いスペックを持っているにもかかわらず、それを自分を飾るために使いません。普段はむしろ「三枚目」要素さえ感じさせます。

彼は、困っている人がいれば、さりげなく手を差し伸べる。
王子様的なヒーローにありがちな「甘い台詞」はなく、日常の些細な「行動」の積み重ねによって、周囲や読者の信頼を勝ち取っていきます。

彼の魅力は、キラキラした夢物語ではなく、下宿や学校のグラウンドといった、ありふれた日常の中にあります。
自分の格好良さに無自覚で、ただ目の前の人のために一生懸命になれる。そんな姿こそが、あだち充さんの描きたかった「理想の男子像」なのだと、勇作から感じます。

彼の性格や性質を端的に表す言葉が主人公「岸本かすみ」の口から出ています。

どっちみち一生懸命にがんばることしかできない男でしょ

3巻19ページより

「一生懸命がんばることしかできない男」引用部の言葉がかすみの口から出てくる、これが大事ですね。
彼の一番の理解者であろう、かすみが引用部のようなことを言えば、それは疑いようのない事実となって読者に届きます。

あだち先生は、勇作を「見るからに手の届かないスター」としてではなく、「クラスにいそう、でもいない男の子」として描きました。彼のふとした優しさや、ひたむきな姿が、読み進めるうちにじわじわと心に響いてくるのです。

何でもできるのに「応援する側」にいる意味

これまで書いてきたように、勇作は「持っている」男の子です。
そんな、学校での「主役」になろうと思えば容易になれたはずの彼が、自らの意思で選んだ道は、中学まで打ち込んでた空手ではなく「応援団」でした。

オレは人を応援するのが好きだ――
何かに一生懸命打ち込んでるヤツを見るとほっとけない
いいかげんなヤツはどうでもいい
相手は一生懸命なヤツに限る――
この辺がおせっかいとの違いではないだろうか
スポーツでも 勉強でも
――そして恋でも…

2巻137~138ページより

テンプレートな少年漫画、あるいは少女漫画でもそうかもしれませんが、男性のメインキャラクターなら、自分が目立ったり自分が勝ったりする道を選ぶ傾向が多いです。
でも勇作は違います。自分の持っている力を、自分を光らせるためではなく、誰かを光らせるために使う。そこに、彼ならではの魅力があります。

ヒロインのかすみは、そんな彼の生き方を「どっちみち一生懸命にがんばることしかできない男」と表現しました。
この言葉は「自分の利益を度外視に、誰かのために本気になれる勇作の美徳」を誰よりも理解しているからこそ出た言葉です。

彼が人を支える際、そこには「感謝されたい」という下心は存在しません。
この「支える側に徹する」姿勢が、結果として周囲の人間を動かし、彼を自然と主役へと押し上げ、勇作の魅力の核となっています。

仲間の夢を背負った野球部参戦

先ほどご紹介した勇作が野球部でプレイしたことは、彼の「応援する」という生き方が一番よく表れている場面と言えます。

彼が野球部に入ったのは、あくまでも「助っ人」としてです。
このことは彼が、誰かの叶えたい夢を放っておけないからこその選択です。自分が主役になるためではなく、関を始めとする野球部員たちがつないできた「想い」を途切れさせないための一助として、彼はユニフォームに袖を通しました。

具体的には、勇作のクラスメイトで、彼のことを好きな「関圭子」、彼らの通う明条高校の野球部のエース、「関真人」が抱えている「甲子園に行きたい」という夢を「応援」するためです。

明条高校野球部は弱小で、しかもその前年は地区大会にさえ出られませんでした。
詳しいことは作中に描かれていないのですが、応援団団長の存在が、学校に大会への参加辞退の選択をさせた様子(2巻28~29ページ)。

さらに彼は、関の要望に答えて、自らチーム作りに動きます。自分だけでなく、周りの仲間を巻き込んで野球部を形にしていったのです。
具体的には、甲子園出場を勝ち取るためにチームに足りないピースを探す、いわばプロデュースやスカウトのような仕事をすることになります。

関の要望は、体が大きくて左右に機敏に動けて肩が強いキャッチャー、他の野球部員たちをやる気にさせること。

キャッチャーは、彼と同じく下宿「ひだまり」で同居している、サッカー部でゴールキーパーをしている「有山高志」を、昼メシ5日分と引き換えにスカウト(2巻64ページ)。
部員たちやる気にさせるために、彼らが「わが野球部は色気がなくてつまらんなァ」(2巻51ページ)と言っていたことから、関の妹で勇作のことを好きな「圭子」と主人公の「かすみ」をマネージャーとしてスカウト。
圭子がマネージャーになると知って、追いかけてきた「美樹本伸」が意外にも抜群の運動能力とセンスを持っていたため、4番サードに抜擢されます。

そうして戦力が大幅に強化された野球部を、勇作は応援団として支えることに……なるはずでしたが、関を除いて既存の部員の中で唯一と言っていいほどの戦力だったセンターの「山松」が練習試合で肩を負傷してしまいます。

そこで白羽の矢が立ったのが勇作です。足が速く、肩も強く、運動神経に優れる。
ですが、彼は硬球を触ることさえ初めてであるばかりか、野球やそれに近いスポーツの経験はソフトボールくらいしかありません。
そこから猛特訓が始まりました。1980年代初頭の作品ですから、努力と根性の熱血です。

いいんです! みんなが一生懸命やれば!
結果はどうでも!

2巻82ページより

こうして彼は、自分だけでなく、周りの仲間を巻き込んで野球部を形にしていきました。

猛特訓をして何とか間に合わせた勇作ですが、やはり試合経験の少なさは拭いきれず、チームが勝ち進むに連れ相手選手の実力も上がってくる道理ですから、試合において苦戦します。

そんなときにも彼は彼らしく、右バッターにもかかわらず左打席に入って1塁への距離を少しでも短くしたり、バットを振ってヒットやホームランを狙うのではなくバットに当てて(バント)ボールを転がして、1番バッターとして後続のために何としても塁に出ようとします(3巻50~52ページ)。

ヒットを打っても、ベースに滑り込んでも、バックホームでランナーを刺しても、彼の心は「自らの勝利」としての野心はなく、あくまで「仲間の夢を支える助っ人」のままだったでしょう。

それを証拠に、3塁ランナーに勇作がいて、3番バッターの「服部」が浅い外野フライを放ったとき、球場のほぼ全員がタッチアップは無理と判断したのに、彼は無謀にもタッチアップをし、キャッチャーのタッチをかい潜ってホームインしました。
どうして無謀なトライをしたのか、かすみのセリフ「なんとかする! もしこの回 点が入らなかったら三番の服部くんが責任をかんじてしまうもん」(3巻60ページより)、これが理由です。

ここでも、自分のために勝つのではなく、応援している野球部のために全力を尽くす。 たとえユニフォームを着ていても、彼は「応援団」の心を抱きつつ一生懸命プレーしていた、ということが言えるでしょう。

「一夏限定」の野球部ではありましたが、彼が単なる「いい人」ではなく、自分の持っている力を惜しみなく他人のために使う、彼の「誠実さ」を何よりも物語っていました。

「応援」から「自分自身の戦い」へ

この項目には最終話のネタバレが含まれます。ご注意ください。

物語の最終盤の5巻、勇作は大きな決断と行動を迫られます。

克彦さんに、頬にキスをされるかすみです。
3巻34ページより

恋のライバルである克彦さんから「かすみにプロポーズする」というエアメールが届きます。
3巻の時点で、彼は克彦さんから、かすみを巡る恋のライバルとして認められていましたから、克彦さんからのエアメールは、かすみに自分の気持を告げるそのときが来たと感じたことでしょう。

そんな中、圭子を巡って伸と高志が喧嘩をします。
伸が圭子に、強引にキスを迫って彼女を泣かせます、それを知った高志が激昂し、伸に殴りかかりました。
極めて温厚な高志が激昂するのですから、相当に怒っているとわかりますし、圭子のことを本気で好きであることも伝わってきます。

喧嘩を止めなさいよ、と言うかすみに対し、勇作はこう言って応えました。

戦うべきだ ほんとに好きでだれにも渡したくないのなら

5巻183ページより

引用部の言葉は、仲間への助言であると同時に、克彦という高い壁を前にした自分自身に向けた言葉でもあります。

これまで一歩引いて、周りの人たちの幸せを優先してきた勇作が、初めて「誰にも渡したくない」とエゴを見せた貴重なシーンです。
しかし、それは身勝手な欲望というより、それほどまでにかすみを想う自分を「一生懸命なヤツ」として全肯定し、正々堂々とライバルと競うという、彼なりの新しい誠実さの形でした。

泥臭さから爽やかさへ

この項目では私の主観が大いに混じっていますのでご了承なさってください。

1970年代の漫画に限らず映画やドラマなどの作品では、自分の信じる道のために泥にまみれ、歯を食いしばって突き進む、いわゆる「熱血もの」「青春もの」が多く描かれてきました。
ドラマがとりわけ顕著だったように思います。例えば、村野武範さんの『飛び出せ!青春』(1972年)や中村雅俊さんの『われら青春!』(1974年)、同じく中村さんの『俺たちの旅』(1975年)や『ゆうひが丘の総理大臣』(1978年)、水谷豊さんの『熱中時代(教師編)』(1978年)。
70年代前半は「スポーツを通じた師弟の絆」、後半は「日常の悩みや社会問題に対する教師と生徒の対峙」という区分けができるかもしれませんが、いずれにせよ熱血漢の主人公たちによる青春群像劇が持て囃されていた印象を持ちます。

もし本作が少年漫画であれば、勇作はそのまま野球に全てを捧げ、ライバルと激しくぶつかり合う、より硬派な主人公になっていた可能性は高いです。そうなれば『タッチ』が存在しなかったかもしれません。

しかし、あだち先生はこの作品を「少女漫画誌」というフィールドで描きました。

そこであだちさんは、少女漫画のフィールドに合わせて、本来なら暑苦しくなりがちな「熱血」を少しズラして、あるいは一歩引いて、あえて「応援団」という、人を支える立場やさりげない優しさというベールで包み込みました。
これが勇作というキャラクターにおける、最大の発明と言えます。

強引に引っ張るのではなく、隣にいて安心させてくれる。そんな「一歩引いた強さ」は、当時の少女漫画の読者にとって、現代的でスマートな男性像として映ったことでしょう。

勇作の最大の特徴は、自分の情熱をどこか冷めた目、あるいは客観的な目で見つめる「知性」を持っていることではないか、と私は考えます。

物語のクライマックスを迎え、彼はかすみに次のように語りかけます。
「おれは一生懸命のヤツを見ると応援したくなる性格なんだ。だから今は高杉勇作を応援する」

がむしゃらに突っ走る自分を「一生懸命なヤツ」と少し引いた視点で捉え、それを自ら応援する。このメタ的な視点こそが、従来の熱血ものにはなかった、80年代らしい「余裕」と「洗練」を感じさせるポイントではないでしょうか。

まとめ

まとめます。

高杉勇作という男を端的に表す表現は、岸本かすみが言った「どっちみち一生懸命にがんばることしかできない男」という言葉に尽きます。
誰かの夢や恋を支える立場にあった男が、最後に自分自身を全力で応援し、幸せをつかみ取ろうとする姿は、読者に「誠実に生きることの正しさ」を静かに、しかし力強く確信させてくれます。
彼は、自分の持っている多才さを自分のためだけに使うことを決してしませんでした。それまでのわかりやすく熱血のヒーロー像からは一歩引いて、少女漫画という世界の中で「誰かを応援する」という形に昇華させた、あだち充流の新しいヒーロー像。それが勇作という人物です。
あだち充先生の描いた本作のラストシーンは、登場人物が多くを語っていません。勇作の告白の「その先」を過剰に描写しないことで、彼とかすみがこれから築いていくであろう日々が、読者の想像の中で温かく広がっていきます。彼の「潔さ」が物語の幕引きと見事にシンクロしており、読了後、清々しい気持ちにさせてくれます。

本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。

ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。

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