『めぞん一刻』はラブコメ作品です。当サイトではこれまで、本作のラブコメの「ラブ」の部分に注目し、考察を深めてきました。
本稿では「コメディ」部分に注目しようと思っています。
私が選ぶコメディシーンのTOP5です。
しかし、トップ5を選んでいると、コメディシーンであっても単なるギャグではなく、登場人物の切実さや人間臭さを相対化して、物語の進行と読者の安心感を両立させていることに気がつきました。
作者・高橋留美子先生ならではの卓越したコメディ技法を併せてご紹介します。
ネタバレについてはバレ要素が含まれています。バレても大丈夫な方のみ下方スクロールをお願いいたします。
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『めぞん一刻』を支える「笑い」の哲学
| 作品名 | めぞん一刻 |
| 作者 | 高橋留美子 |
| 単行本1巻と最終巻発行日 | 1982年5月1日、1987年7月1日 |
| ジャンル | 青年、恋愛、ラブコメ |
| 発行社 | 小学館 |
| レーベル | ビッグコミックス |
| 巻数 | 全15巻(単行本) |
『めぞん一刻』は高橋留美子さんによる、昭和の時代、1980年代のラブコメ作品です。現代からすればもはやクラシックとも呼べるほど昔の作品ですけど、今なお色愛させない光を発し続けているように私には思えます。
私を惹きつけてやまない理由は、本作のラブストーリーの素晴らしさだけではありません。むしろラブストーリーが切実になればなるほど重苦しくなりそうなところ、深刻にしすぎない「笑い」の力にある、と私は考えています。
しかし、本作は恋愛が深刻さを増すに従って、一刻館の住人が乱入したり、当事者が思わぬドタバタに巻き込まれたりします。この「笑いの介入」によって、読者は「ああ、大丈夫だ、これはあくまで『めぞん一刻』という日常の物語だ」と、安堵することができるのです。
つまり、本作におけるコメディの立ち位置は、物語の進行を妨げるものではなく、むしろ読者の安心感を担保する「安全装置」として働いています。
本稿では私が選ぶ『めぞん一刻』の「愛を支える笑い」の具体的なシーンをTOP5形式でご紹介するとともに考察していきます。
『めぞん一刻』秀逸コメディシーンTOP5
それでは本作における秀逸なコメディシーンTOP5を具体的に見ていきましょう。
以降、巻数とページ数を表記します。これらはいずれもオリジナル版の単行本(全15巻)に対応したものです。
5位 生活のリズムを笑いに変えるリフレイン
5位は10巻「PART♥5 桜迷路」92ページの、悲劇を笑いに変える「生活リズムのリフレイン」です。
詳細
日々
10巻「PART♥5 桜迷路」92ページより
おしめをかえたり
おしめを洗ったり
おしめを干したり
しております
この場面です。
「五代裕作」が、就職が決まって大学を卒業しようとしていたのに、卒業の前日に就職先の企業が倒産をしてしまい、無職のまま卒業となり、フリーター生活を余儀なくされます。
大学時代の友人で、保母として保育園で働き始めた「黒木」さんからの誘いで、同じ保育園「しいの実保育園」でアルバイトを始めることになりました。
そんなどん底に突き落とされた五代くんのモノローグが引用部です。
考察
上記のように、彼は絶望的な状況に置かれています。
しかしそんな状況を、単調な動作の反復というリズムに乗せて状況を描くことで、深刻さをコミカルな生活の一部として昇華させています。
このモノローグは五代くんの不器用でも懸命な生き方を肯定し、読者の不安感を和らげており、これは作者・高橋留美子さんによる読者への温かな「配慮」とも言えそうです。
一言
おしめのリフレインによってモノローグを読むときにリズムが生まれている。
モノローグの文章内容そのものの他にも、このリズムの点も見逃せない要素と思います。
4位 みかんの消費を通じて知る、登場人物の隠された感情の深さ
4位は、10巻「PART♥2 深夜の面接」41ページの、みかんという「日常的なアイテムの消費」を通じて、登場人物の隠された感情の深さを間接的に表現するシンプルな技法です。
詳細
とある理由から「八神いぶき」が、五代くんの住む一刻館5号室に籠城しています。
何日も居座り続けるものですから、管理人である響子さんが、八神いぶきに部屋から出ていかないのなら、今夜五代くんを管理人室に泊めると言います。
夜、管理人室で、コタツをはさんで2人分の布団を敷き「これだけ離せば…あやまちはおこらないわね」などと言い、コタツに入り、卓の上に置かれたみかんを食べ始めつつ彼を待ちます(本当は、期待と心配とが半分半分なのでしょう)。
五代くんも管理人室に泊まれる=管理人さんと二人きり=キス、うまくいけばそれ以上のことが起こるかもしれない、と期待していたのですが、一刻館の前で八神の父に呼び止められ、八神家に行き酒をご馳走になり、酔ったので泊めてもらうことになり、響子さんと二人きりの一夜は叶わぬことに。
その事情を知らない響子さんは、管理人室で一人いらいらして、いつの間にか卓上のみかんもすべて食べ終えていた=待ち焦がれていた、そのシーンが画像になります。
考察
このシーンは、管理人室での響子さんの「これだけ離せば…あやまちはおこらないわね」というセリフが彼女の「理性」を表していて、ミカンを平らげるほどの「待ち焦がれる気持ち(一緒にいたい)」という本音が対比されているところが、肝になります。
彼女の理性と女心のせめぎあいを、生活描写で描く秀逸さ、ここにあります。
1コマ目を見るかぎり、ミカンが10個確認できます。山のように積まれていることから、実際にはもっとあったはずです。
しかし、その3コマ先ではそのすべてが平らげられているようです。
そのくらいに、彼女はイライラしていましたし、彼とのことばかりを考えていたのだろうと、ミカンの消費だけで彼女の感情の大きなと深さを、読者は想像できるように描かれています。
一言
一コマで想像させる巧みさが光ります。
この技法は、以前当サイトでお伝えした『なぜ『めぞん一刻』の登場人物は生きているように見えるのか?「ながら」が描くリアリティ』という記事にも関連しています。
下にリンクを貼っていますので、気が向いたらあわせてご覧になってください。
3位 恋愛を阻む「日常の壁」とテンポのいい「痴話喧嘩」
3位は15巻「PART♥4 今夜待ってる」86~87ページ。
響子さんと五代くんが付き合い始め、彼は保父試験にも合格しています。
詳細
響子「ウソつき……」
15巻「PART♥4 今夜待ってる」86~87ページより
五代「すっ すいませんっ」
響子「大切なお話があるんじゃなかったんですかッ!」
五代「い、いや、ですから、その…」
響子「宴会ぐらい断ればいいじゃないですか!」
五代「断れるもんなら浪人時代に断ってますっ」
響子「…………」「居直ったわね」「あたしのことなんかどーでもいいんでしょ」
五代「なに わけのわかんないことを…」「も~響子さん」
響子「甘えないでよっ」
住人「できてんじゃない?やっぱ…」
響子&五代「ぎく」
付き合っていることは、誰にも伝えていなかったタイミング。一刻館の住人も知りませんが、怪しんではいます。
五代くんは響子さんにプロポーズをしようと、響子さんの寝泊まりする管理人室に行きたいのですが、一刻館の住人たちは彼の試験合格祝いを一週間ぶっ通しでしているため、なかなか二人きりになれません。
そんなある日、五代くんが「這ってでも行く」と言うものですから、響子さんは待ちます。
しかし、五代くんはやっぱり住人に捕まってしまい、彼もいつの間にか眠ってしまいました。起きたら朝の4時前。
おそるおそる部屋を抜け出し管理人室のドアを開けると、ぎい~~~とドアが鳴ります。
起きてくれていたと五代くんは一瞬、安堵と歓喜の表情を見せるのですが、ドアの奥から頬を膨らませて怒っている響子さんが出てきました。あとは画像や引用部のとおりです。
作中言及はないのですけど、「できてんじゃない?やっぱ…」の「やっぱ」から、住人たちは以前から二人の関係性を怪しんでいたのだとわかります。
考察
この場面の秀逸さは、物語の最終盤に、プロポーズをする直前、言い換えますと二人の恋愛の最終局面という最もロマンティック且つ緊張感の高い瞬間に、一刻館の住人という「日常の壁」が立ちはだかる、という原点回帰にあります。
彼らが二人きりになれない理由は、三鷹瞬という強力なライバルでも、響子さんの亡夫・惣一郎の影でもありません。
それは、一週間ぶっ通しで行われる一刻館の住人たちによる「宴会」という、極めて日常的、且つ五代くんの意思だけでは断ち切れない「しがらみ」です。
響子さんの怒りに対して、五代くんの口から飛び出した言い訳は、彼自身の「生活の切実さ」を象徴する自虐ツッコミです。
五代「断れるもんなら浪人時代に断ってますっ」
この一言だけで痴話喧嘩が一瞬でコメディに転換されました。
五代くんがこれまで一刻館でいかに住人たちに利用され、生活してきたかという彼の人生そのものの告白だからです。彼のアイデンティティにさえなっています。
響子さんもまた、その言葉に反論できず、言葉を詰まらせます。
また、響子さんの「甘えないでよっ」の言葉は、恋人としての甘えも混ざっています。付き合う前なら決して出てこないセリフで、二人が大きな壁を乗り越えたことを読者も、背後にいるであろう住人たちも感じられたことでしょう。
そして、この痴話喧嘩を究極のコメディにするのが、聞き耳を立てている一刻館の住人たちの存在です。
住人「できてんじゃない?やっぱ…」
響子&五代「ぎく」
付き合っていることもプロポーズを済ませていないことも二人の秘密ですけど、それが一刻館の住人という共同体の前でバレるという、それまでの二人の間にあった怒りや切実さが、バレることで一瞬にして焦燥と滑稽さに変わる。
この構造こそが、高橋留美子さんのコメディの真骨頂であり、彼らの愛が「一刻館の環境全体」に支えられている(これは監視されているとも言えますが)、祝福されていることを示している、秀逸な技法と言えます。
一言
画像にある響子さんの表情、あれもまた付き合うまでには決して見せなかった表情です。
初読時、管理人さんってあんな表情もするんだ、五代くんに心を完全に許しているんだな、と感慨深く読んだ思い出です。
2位 容疑者自身による「立場の逆転」ツッコミ
4位は14巻「PART♥9 ラブホテル事情」174ページです。
ラブホテル騒動後、五代くんの動揺に対して朱美さんが「ムキになって否定するところがあやしい…」とツッコミを入れるシーンになります。
詳細


五代くんが、朱美さんとラブホテルから出てきたところを、「七尾こずえ」に見られました。
本当は朱美さんのホテル代の立て替えに呼び出されただけ。
翌朝、一刻館の玄関先で、五代くんが庭掃除(この時点で響子さんは五代くんと喧嘩をして実家に帰ってしまい、管理人代行として五代くんが代わりに働いている)をしていると、朱美さんが声をかけます。
朱美さんは、五代くんがこずえちゃんから十中八九フラレたようなものだ、その場にいた「一の瀬」さんに言います。
朱美さんが一の瀬さんに昨夜のことを具体的に話そうとしているので、人に言うことじゃないと五代くんは釘を刺します。
すると一の瀬さんは「あんたら…なんかあったの?」と言うので、五代くんが「あるわけないでしょっ!!」と即答、すかさず朱美さんが「ムキになって否定するところがあやしい…」というので、五代くんが「当事者がなに言っとるかっ!」と即答。
この場面が2位です。
考察
五代くんの「あるわけないでしょっ!!」という即答は、朱美さんとの関係の潔白を証明するための”必死”な自己弁護です。
しかし、朱美さんはこの彼の切羽詰まった反応を「利用」します。
ムキになって否定するところがあやしい…
朱美さんは、自分こそがこの誤解の源であるにもかかわらず、まるで「鋭い観察者」であるかのように、五代くんの「ムキな否定」を分析してみせます。
これにより、読者は一瞬、「確かに五代くんの反応は過剰だぞ?」と思わされ、朱美さんの言葉に妙な説得力を感じてしまいます。
この「容疑者によるツッコミ」に対し、五代くんは返す言葉を失うのではなく、さらに強い言葉で反論します。
当事者がなに言っとるかっ!
この五代くんのツッコミは、読者のツッコミでもあります。
この「読者の代弁」と、朱美さんの「状況の裏切り」が交互に繰り広げられることで、会話のテンポは最高潮に達し、滑稽さが爆発します。
これは、真面目な人間(五代)が、図々しい人間(朱美)に振り回されるという、高橋留美子作品に共通するコメディの黄金パターンの類型です。
しかもこのシーンは響子さんと五代くんの恋愛における、『めぞん一刻』の物語におけると言い換えてもいいですが、その生命線に関わる局面で発動されたもので、単なるギャグに終わらない秀逸さがあります。
一言
画像にあるように、このときの朱美さんのニット姿がまたとてもいいのですよね。
1位 深刻な局面を滑稽にする天才的「擬音」
私選第1位は、13巻「PART♥10 揺れる心」195ページです。
九条明日菜がジョウロを落とす擬音「ドン ガラ ぼこ べんっ」です。
詳細


13巻は三鷹瞬と五代くんと響子さんの三角関係のクライマックス。
五代くんと響子さんとのことで「ぐでんぐでん」に酔った三鷹さんは、自宅に訪れた結納を目前に控えた「九条明日菜」にキスをしてしまいます。
翌朝、三鷹さんが起きると、独り暮らしのはずが、部屋にご飯の用意がされています。
用意をしたのは明日菜さんと気づいた彼、泥酔したので覚えていない(というところがカギ)ので、彼女と肉体関係を結んでしまったと思い込みます(自分ならやりかねない、と思ったのでしょう)。
後日、真相を確かめるべく九条家に行くと、彼女は一人で考えたいからと伊豆の別荘に向かったことを知り、そこへ行くことに。
彼女は、庭先の花々に水やりをしていたのでしょう、相手が三鷹と気づくと、驚きで、手に持ったジョウロを落としてしまいます(画像)。
その擬音が「ドン ガラ ぼこ べんっ」です。
考察
「ドン ガラ ぼこ べんっ」の擬音は、単なるガシャとかドサッなどの写実的な音とは少し異なります。
- 「ドン」:驚きによる一瞬の硬直と、石段に落ちた重い衝撃(水も多く入っていたと想像)。
- 「ガラ」:ジョウロの取っ手や本体が転がる音。
- 「ぼこ」:中に入っていた多めの水がこぼれる音(間の抜けた音)。
- 「べんっ」:全体の音の余韻を残しつつ、動きが止まったことを示す音(どこか滑稽に締める締めの音)。
このように読み取ることができそうです。
不規則で不協和音的な擬音は、「ジョウロを落とした音」という物理現象を超えて、九条明日菜というキャラクターの内面の衝撃を表現しています。
古風で純粋な彼女にとって、「三鷹がわざわざ私を追ってきてくれた」という事実は、単なる驚きではなく、彼女の人生がひっくり返るほどの、規格外の「事件」なのです。
この「ドン ガラ ぼこ べんっ」という音こそが、その衝撃の大きさをコミカルに、かつ的確に最大化しています。
この擬音の最も重要な役割は、シリアスな瞬間を「笑いで距離を置く」ことにあります。
もしこのシーンが静かに描かれていたら、三鷹さんの「責任を取らなければ」という義務感と、明日菜さんの「生涯ついていこう」という決意が重くのしかかって、物語は一気にシリアスなドラマへと傾倒してしまいます。
しかし、「ドン ガラ ぼこ べんっ」という間抜けな音が響くことで、読者は一瞬笑い、物語が深刻なドラマではなく、あくまで「ラブコメ」なのだと再認識できます。
この擬音は、「このカップルにも、五代と響子と同じようにドタバタ劇が待ち受けているぞ」という予感を与える、高橋留美子先生の保証にもなっているのです。
私たちにしても、決して他人事ではありません。
日常生活の中で、予想外の衝撃を受けたとき、予定調和ではない、間の抜けた発言や行動をしてしまうことってありますよね。
真剣なのに滑稽、真剣だから滑稽なリアルを、留美子先生は擬音だけで表現しました。
この生活感と笑いを、三鷹さんと明日菜さんの物語にも注入した、先生の天才的なセンスと技術と言えそうです。
一言
しかも、この場面は一コマだけですべて描かれています。
三鷹さんの頬を流れる一筋の汗、背後に環境音としてある「ジー シャワ シャワ シャワ」というセミの音からも、真剣さの中にある滑稽さを補完しているようで、秀逸なコマです。
まとめ
まとめます。
今回のランキングを通して、『めぞん一刻』というラブコメ作品が、単なる「愛の物語」で終わらず、読者の心に深く刻まれた理由を再確認できたように思います。
それは、高橋留美子先生が「恋愛」と「生活」を、「コメディ」で結びつけてきたからでしょう。
本稿で見てきた「擬音の天才性(ドン ガラ ぼこ べんっ)」や、「会話の逆転ツッコミ(ムキになって否定するところがあやしい)」、そして「リフレイン(おしめをかえたり)」といったコメディ技法の注入によって、五代くんたち登場人物の苦悩は「悲劇」ではなく、「人間なら誰でも抱える日常の泥臭さ」へと変換されているようです。
笑いによってシリアスさが中和されているこそ、私たち読者は安心して、五代くんと響子さんたちの長きにわたる恋の道のりを見守り、共感し続けることができたのかもしれません。
また、先生は、コタツの上のミカンやおしめといった昭和時代の「生活のリアリティ」を、飾ることなく描きました。
その結果、本作は、特定の誰かのロマンスではなく、あの時代の、あの共同体で「生きる」ことを描いた、普遍的なラブコメとして構築されたのです。
切実な恋愛を、深刻になりすぎる前に笑いで包み込むという、高橋留美子という漫画家の際立つ「笑いの哲学」があったからこそ、本作が今なお愛される作品になっていると、私は確信しています。
本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。
ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
今回の考察の場面を原作で読んでみたいあなたへ
今回の記事はいかがだったでしょうか?
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