前回までの考察で、『めぞん一刻』における、昭和の日本の季節の「けじめ」の付け方や、「イベント文化」の時代的な特徴とその変化を見てきました。
今回は、一刻館という住居の物理的構造そのものが、「音無響子」と「五代裕作」の恋愛の行方と結末を決定づけた「運命の装置」だったという点を考察していきます。
現代の効率的でプライベートが守られたマンションでは、二人の愛は成立し得なかったかもしれません。
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『めぞん一刻』の舞台「一刻館」
| 作品名 | めぞん一刻 |
| 作者 | 高橋留美子 |
| 単行本1巻と最終巻発行日 | 1982年5月1日、1987年7月1日 |
| ジャンル | 青年、恋愛、ラブコメ |
| 発行社 | 小学館 |
| レーベル | ビッグコミックス |
| 巻数 | 全15巻(単行本) |
『めぞん一刻』は、言わずもがな、高橋留美子さんによる名作ラブコメです。もはや古典に該当する作品になるかもしれませんけど、今読んでも十分に楽しめ、面白おかしくもあり、感動もできる。
前々回、簾と風鈴をかける行為から現代の日本が失いつつある季節を迎え入れる「けじめ」について書きました。
前回は、西洋から来たクリスマスとバレンタインは、恋愛や心の機微を楽しむばかりでなく、私たちの日常が消費文化に負ける前の、人の心と知恵で季節を迎え入れていた時代の慣習を見て取ることができる、ということを書きました。
本稿では、物語の舞台であるボロアパート「一刻館」の構造の、ある意味非効率なところが、響子さんと五代くんの恋の行方を左右したのではないか、という点に触れていきます。
「庭掃除」という半公共空間の舞台装置
響子さんは一刻館の管理人を勤めています。管理人として、彼女はほぼ毎日、日に何回も、庭を始めとする敷地の共用部を掃除しています。
それは彼女の勤労精神の表れであり、綺麗好きなところでもあるのですが、それは五代くんとの交流を求めている、意識的・無意識的な欲求も多分に含まれていました。
一刻館の構造
一刻館は、アニメでは大正時代に建てられたと言及されているくらい、1980年代当時からしても年代物の建築物です。

一刻館には3階と言えばいいのでしょうか、屋根部分に「時計台」があります(画像参照)。
物語の中ではほぼ登場しませんけど、五代くんの住む2階、4号室「四谷」さんの部屋の奥に、さらに屋根裏に行ける階段があり、屋根裏を舞台にしたエピソードが1巻「PART♥4 暁に時計は鳴る」にあります。
その回では、時計台の「鐘」も鳴っており、「ごもももも~ん」や「ぐもももも~ん」という擬音がつけられています(1巻82~83ページ)。
彼らの最寄り駅は「時計坂駅」ですし、駅前商店街と思われる場所には「時計坂商店街」という名前がつけられていることから、一刻館のことを指していると想像されます。町や土地を象徴するような建物なのでしょう。
庭の半公共性
画像は1巻1話の冒頭の場面で、物語が進むにつれ、庭が広く(=玄関から門柱までの距離が長く)なります。
画像をご覧のとおり、玄関や1階や2階の窓が庭に面した「開放的」な構造をしており、庭は、住人なら誰もが視界に入りやすい半公共性の高い空間と言えるでしょう。
庭掃除の役割
響子さんが庭掃除をするのは、管理人としての仕事の他に「目的」があります。
一「こんなとこでなにしてたの?」
4巻「PART♥2 SOPPO」30ページより
管「お掃除ですわ」
一「だって、今朝ちゃんと掃いてたじゃない」
管「私、きれい好きなもんですから」
五「デートに行く前は、十中八九 庭の掃除やってるもんなー。完全にきらわれてるとも思えん……」
引用部内「一」は一刻館1号室の住人「一の瀬花枝」のこと。
それは「五代くんに会うための口実」です。
画像や引用部にありますように、庭掃除で管理している建物や敷地を綺麗にする、という仕事をしつつ、好きな人と会える。公認された舞台装置として機能しています。
朝や昼に五代くんが大学やバイトに出かけるとき、夜、彼がそこから帰宅するときに、目が会い、挨拶をし、軽く会話を交わす、それらが公式に可能になる場所が玄関先なのです。
仕事をしながら五代くんの行動を「観察」「監視」できる、彼女にとって絶好の場所が玄関先の庭である、ということになります。
現代のマンションではこのようにはなかなかいかないと思います。
現代、管理人が建物の掃除をするということ自体少ないでしょうけど、掃除をしたとしてもエントランスや通路といった限られた場所だけでしょうから、一刻館のように「自然、かつ非業務的」に住人と接点を持てる機会は少なく、接点を持ち関係性を高めることは困難でしょう。
犬の惣一郎という存在
このような一刻館の玄関先に広く庭がある、門から少し距離が生まれている構造的な特徴がもたらした「事態」があります。
それは「犬の惣一郎さん」を配置できたことです。
惣一郎さんは響子さんの亡き夫の名前であり、同時に飼っている「白い老犬」の名前でもあります。
惣一郎さん(人)が存命の頃に、彼が仕事帰りに買った、焼き鳥と思われるものの匂いに誘われて家までついてきて、そのまま居着いてしまいました。
惣一郎さん(人)は犬に「シロ」と名づけ、犬小屋をこしらえ、そこに名札もつけたにもかかわらず、彼が犬に名と呼んでも反応せず、響子さんが夫を呼ぶ「惣一郎さん」の音に反応を示すものですから、なし崩し的に犬の名前も「惣一郎さん」となりました。
このエピソードは4巻「ふりむいた惣一郎」に描かれています。
惣一郎さん(人)が亡くなり、彼の父・音無老人の所有物(と思われる)一刻館の管理人に就く際に、惣一郎さん(犬)も連れてきて、そのまま玄関先に棲んでいます。
この玄関までに惣一郎さん(犬)がいる、という事実は、物語に大きく分けて2つのことをもたらしています。
簡単に言えば、犬の惣一郎さんの存在が響子さんの再婚への道を阻んでいる、ということです。
これは一刻館の構造なしには成立しなかったことでしょう。
響子さんの「心のブレーキ」
犬の惣一郎さんがもたらした効果の一つは「響子さんの心のブレーキ」です。
先ほど書きましたように、亡夫と同じ名をつけた犬を玄関先に犬小屋を設置して飼いました。
これは再婚に踏み出すことを無意識に躊躇させる「心のブレーキ」になります。
「惣一郎さんが見ている」と意識的・無意識的に彼女に思わせるからです。
同時に、外部、とりわけ五代くんに対して、響子さんと亡夫とのつながりを意識させる、無言のメッセージにもなっていたことでしょう。
どうしても名札を見たり、名前を呼んだりするときに、心の片隅に、顔を知らない、話したこともない音無惣一郎氏をどうしても意識してしまいます。
三鷹を阻む物理的・心理的障壁
ほぼ作品全編をとおして、響子さんを巡って五代くんとライバル関係にあった「三鷹瞬」、彼は極度な「犬嫌い」です。

三鷹瞬は極度の犬嫌いです。
しかも、彼はそれを響子さんたち周囲には知らせていません。五代くんだけは知っています。
理由は響子さんに、恋愛や結婚のネガティブな要素を見せたくないからでしょう。「一の瀬」さんたちに知られたらすぐ、響子さんにも情報が届いてしまいますので、周りにも話すことはありません。
それなら恋のライバルである五代くんにこそ言わない方が良かったのでは、と思いますけど、五代くんも人がいいのか武士の情けか何なのか、最後まで三鷹さんが犬嫌いであることを響子さんには教えませんでした。その辺は物語の都合上なのでしょう。
響「私が忘れたら惣一郎さんは、本当に死んでしまう………」
2巻「PART♥1 三鷹、五代!!」21ページより
三「相当時間がかかりそうですね…… ま、ぼくは気の長い方だから」
わかります。二年でも三年でも待ちます。
3巻「PART♥10 三年待って」197ページより
いえ……(二、三年あれば犬恐怖症治せるかもしれないし…)
引用部にありますように、響子さんが夫の死を受け入れたり乗り越えたりするためには、まだしばらく時間が必要なことばかりでなく、自身が犬嫌いであるが故に、彼は彼女との結婚を急がない選択をしました。
それでも、ただ待つだけでなく、普段から積極的に響子さんにアプローチを仕掛ける彼です。
そんな彼を阻んだのが、五代くんであり、犬の惣一郎さんでしょう。
響子さんに会うためには一刻館の玄関を通らねばなりません。玄関を通らずとも庭から行こうと思えば行けますが、そのときも犬小屋の脇を経由します。
そんな一刻館の構造上、どうしても犬小屋の前なり横なりを通らなければ、彼女の住む管理人室にたどり着けないのですね。
攻略の要所を惣一郎さんが抑えていること、このことが三鷹さんが響子さんの元へ容易に踏み込めない、物理的・心理的な障壁となっていました。
現代のマンションだったら…
物語の舞台が一刻館ではなくマンションだとしたらどうなるでしょうか。
まず規約の厳しさから、管理人と言えども共用部に犬小屋を置くことはできないでしょう。犬を飼うにしても室内飼いが基本になります。
三鷹さんが響子さんの部屋の前に行くことは容易だったはずです。
つまり、一刻館が古い建物で、玄関先の広めに取られた庭という、半公共空間を生活の場として利用していた設計だったからこそ、惣一郎さん(犬)は恋の障壁として機能し得たのです。
構造の非効率性が与えた「猶予期間」
これまでお伝えしたような、一刻館の構造が、そして犬の惣一郎が、三鷹さんの響子さんへの結婚のアプローチを遅らせ、恋愛を停滞させた時間が、物語の行方を決定づけます。
もし惣一郎さんという障害がなければ、三鷹家の財力と意外(!)な誠実さ、積極性で、響子さんを早い段階で肯首させていた可能性が高いでしょう。
そうでなくても、響子さんは5巻「PART♥4 キッスのある情景」93ページにて、二人はキスをする直前まで行っています。
しっかしまー、管理人さんも相当ちゃらんぽらんな性格してるねー。
10巻「PART6 大安仏滅」123ページより
引用部は、三鷹さんに「五代くんが一人前になるのを待っているのか」と言い寄られた響子さんは「そ、そんなこと…… …ありませんわ」と答えています。それを盗み聞きしていた一の瀬さんの心の中のセリフです。
このように、五代くんのことをグズとか何とか言っておきながら、響子さん自身も優柔不断な人ですので、犬という障害がなければ、早晩、籠絡していたのでは、と私は思っています。
管理人さんは未亡人と言えどこのとき20代半ばですから、恋をしたい年代でしょう。三鷹さんを正式な恋愛相手に選んだとしても、それを責めることは誰にもできないと思いますけどね。
五代くんも「七尾こずえ」と縁を切れずに、最終盤までずるずると半恋人状態をキープしていたのですから。
ともかく、家の構造とそれにともなう惣一郎さん(犬)の配置によって、三鷹アタックをある程度は遮ることに成功していたはずです。
そして、五代くんはその間に、大学を卒業し、フリーター生活に陥りながらも、保父の資格を取得するという、響子さんと結婚をするまでの、大人の男性への成熟期間を獲得できています。
一刻館という古臭い建物のおかげで、五代くんと響子さんの二人の関係が結婚という形に結実した最大の要因である、と言えるでしょう。
まとめ
まとめます。
『めぞん一刻』のラブロマンスは、非効率な古い木造アパートだから成立し得たもの。
現代の効率的かつ合理的なマンションではまず実現不可能だったと思われる。
効率と快適さを重視し、それを追求した現代の私たちの生活が、本作のような恋愛や交流の「偶然性」をも排除し、結果として情緒と豊かささえも削ぎ落としてしまったかもしれない。
本作はその、昭和の時代にまだ残っていた不便さから生まれる情緒が見て取れるように思う。
というのが、私なりの解釈と感想でした。
本文に書いたことは私の個人的な意見や解釈でしかありません。決して情報を鵜呑みになさらず、参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。
ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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