『めぞん一刻』のキャラクターたちは、どうしてあれほど生き生きとしているのでしょう。
紙の中で生きている、生活をしているように読めるほどです。
彼らの「生活感」「存在感」を、高橋留美子先生はどのように描き、創出したのか、この点について考察していきます。
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めぞん一刻のキャラの圧倒的な生活感
| 作品名 | めぞん一刻 |
| 作者 | 高橋留美子 |
| 単行本1巻と最終巻の初版発行日 | 1982年5月1日、1987年7月1日 |
| ジャンル | 青年、恋愛、ラブコメ |
| 発行社 | 小学館 |
| レーベル | ビッグコミックス |
| 巻数 | 全15巻(単行本) |
高橋留美子さんによるラブコメの金字塔『めぞん一刻』。
「五代裕作」たちの住む下宿屋「一刻館」に、新たな管理人「音無響子」がやって来て、二人の物語が大きく動き始める。そういう物語です。
五代くんは1話時点で浪人生、その後大学生、就活に失敗してフリーター、バイト先の保育園で保父に向いているとわかり保父試験を受け、就職をします。
読者は、響子さんとの恋の進展を中心に据えながらも、物語全体で彼の半生を見届けることになります。
見守る中で、五代くんや響子さん、アパートの住人たちが、まるで本当に生きているかのように、そこで生活しているかのような「錯覚」に陥ることが、私にはしばしば起こります。
彼らの生活感や存在感を、作者さんはどのようにして生み出したのか?
めぞん一刻を40年ほど読み返してきた私なりに発見したことがあります。それを次の項目から具体的に触れていきましょう。
「ながら」が鍵?
この記事で書いているのは、あくまでも私がそう考えているというだけのことです。これが事実だとか、高橋留美子さんがそのように言っていた、というものではありません。ご了承ください。
本作で表される生活感や存在感、この正体は「ながら」だと私は思っています。
「ながら」とはどういうことかと言いますと、「電話で会話をしながら、指では家族に指図をする」「掃除をしながら歌う」みたいなことです。
一コマに一つの動作だけを描かずに、複数の行動を一度に描くことでリアルさを演出している、と言えばいいでしょうか。
もちろんすべてのコマでそれをしている訳ではありません。全コマでそれをしていては、さすがに情報量が多すぎてうるさいですから。
作者さんが必要と感じられたときに、「ながら」を交えて効果的に生活感や存在感を演出している、ということですね。
具体例1

具体的に例をあげてみましょう。
五代くんの着替えシーン
例えば、9巻「PART♥6 パジャマでお邪魔」。
9巻は五代くんが教育実習をするために、響子さんの母校の高校に、一定期間講師を担当することがメインに扱われています。
そーなんだよなー。
9巻「PART♥6 パジャマでお邪魔」116ページより
住所と電話番号知られちゃったら、
虜にされたみたいなもんで‥‥
引用部の場面は、彼が担当する学級の生徒の一人「八神いぶき」にいたく気に入られ、一度彼女が友人数名を誘って一刻館を訪れたことがありました。
そのときに自分の居場所などを知られてしまっているから、自分の研修期間が終わっても、彼女が来ようと思えばいつでも来られることを悩んでいます。
アパートの自室・5号室の万年床に胡座をかきながら、実習で着ていたシャツ・ベストとスラックスパンツから、トレーナーとジーンズに着替えている。そんな場面を表した一コマです。
コマからわかること
この一コマでわかることを挙げてみましょう。
万年床を敷いてあるから彼は独り暮らしで、普段から片付けをしないズボラな性格、古く狭い安アパートで物が少ないから貧乏暮らしをしていそう。着ている洋服のセンスがよくはなさそう。
普段着に着替えているから、外出から帰ったところだろう。でも外は明るいから、仕事だとしてもサラリーマンではなさそう。
誰かに住所と電話番号を知られて、部屋に来られることを心配している。でも表情は普通だから、そこまで困っている訳でもなさそうだ。「虜」と言っているから相手は女性だろう。
女性に住所を知られて困るなら、単なる外出ではなく、アルバイトか何かだろうか。
本作を知らない人がこのコマを見るだけでも、そのくらいの情報が入ってきそうです。
この、何てことのないコマ一つだけで、です。
具体例2

別の場面も見てみましょう。
管理人室
三人そろって毎晩どこに行ってるのかしら。
12巻「PART♥6 発覚」106ページより
次は単行本12巻「PART♥6 発覚」106ページの1コマ目。
五代くんがアルバイトしていた保育園をクビになってしまいます。
管理人さんは五代くんのお祖母ちゃんからお金を受け取り、彼のお弁当を毎日作っています。
人員削減で辞めさせられたので、彼の落ち度ではないのですけど、お弁当を作ってもらっている手前もあり、見栄もあり、管理人さんにそのことを言い出せないでいます。
つなぎとして働き始めた新たなバイトはキャバレーの呼び込み。余計に言いづらい。
そんな中、働き始めたのはよかったのですが、住人に見つかってしまい、五代くんが管理人さんに事情を話せないことをいいことに、住人たちは毎晩キャバレーにやって来ては五代くんのおごりだと、タダ酒を呑んでいます。
事情を知る一刻館の住人は誰も管理人さんには報せていないので、当然、彼女は事情を知りません。
知らないながらも、ここのところ毎晩のように住人の皆が出かけていることを気にかけている。
そんな様子を描いているのが画像の場面です。
画像に描かれている場所は管理人室です。
管理人室は、畳の上にカーペットが敷かれ、その上に卓が乗せられ、卓にテーブルクロスがかかっており、卓の上には花が活けられた花瓶が1瓶、カップが1つあり、また、家計簿か何かが広げられいています。住人の家賃を管理するノートかもしれません。
彼女から見て右側にテレビがあり、テレビには落語が流れているようです。彼女の背後には鏡台も確認できます。
響子さんは、卓についてテレビを観ながら上記のセリフを心で発しています。
彼女の服装は、(漫画は白黒のため)黒地に白抜きの水玉模様のブラウス、その上にトレーナー、さらにお馴染みの「PIYO PIYO」というテキストと、テキストに挟まれるようにいるヒヨコの絵が胸に描かれたエプロンをしています。
コマからわかること
本作未読の人でも、この一コマからわかりそうなことを考えてみましょう。
部屋は居間に見える。こじんまりとして物が多くなく、よく整理整頓されていて、物を大切にしている、丁寧に日々を暮らしていそうだし、彼女は几帳面な人でもありそう。
カップが卓に1つしか置かれていないこと、日用品に男性用と思われるものがないことから、結婚をしているとは考えづらい。子もいなさそう。
それにもかかわらず家計簿のようなものをつけていて、「三人は毎晩」と言っているため、夜の時間帯に彼女の他に3名も人がいる家か。それなら独り暮らしではない可能性もあるが、詳しい状況がわからない。
20代中盤から30代前半の女性に見えるのに落語を観ているところが、一般的な20~30代の好みとは違うように思える。
くつろぐならエプロンを外すと思うが、着たまま卓についているということは、何かの作業としてノートに書いているのだろうか。
セリフ自体はわずかな量ですけど、家計簿か家賃などの管理表なのか、その作業をしつつ、テレビを観ながらのセリフのため、背景の描き込みだけでこれだけの情報を、一コマから受け取ることができます。
高橋留美子さんの凄み
ご紹介した2コマは、キャラクターは自室で何かをしながら何気ない言葉を発しているだけのシーンのため、さらーっと読み流してしまいそうになります。
しかし、これらのコマは高橋留美子さんのテクニックが凝縮されているように、個人的には思えます。
情報の密度が高い、それなのにうるさくない。
これはすごいことだと思うのですよ。
上記の情報をテキストではなく絵で、しかも動きのほとんどない部屋の映しているだけの「うるさくない」構図で、これだけの情報を読者に与えているのですから。
五代くんや管理人さんの人間や生活がよくわかる一コマ、と思います。
彼らがどういう人間かをセリフやナレーションでわざわざ説明するのではなく、ストーリーの「背景」にその人の行動、生活、好みを描き込むことで、読者は特別意識せず、ただ読むだけで、彼らがどのような人物か、どのような性格か、どのような生活をしているか、どのような人生を送っているかといった情報を、把握できるように描かれています。
読者は、五代くんの万年床や、着替えている様子、着ている服のお世辞にもセンスがいいとは言えないところを見て、彼の人生を「覗き見」しているかのように、あるいはその場に自分もいるかのような感覚になります。
それはすなわち「感情移入」と同義でしょう。
作者さんが物語世界、人物一人一人の性格や性質、生活、人生といった「設定」を、しっかり作り込んで、それらを掌握していないと、こういうことはできないですよね。
高橋留美子さんの作品やキャラたちへの思い入れ、想像力の豊かさ、配慮の細やかさ、こういったものが総動員されている一コマかと。
何てことのない一コマなのに、いえ、何てことのない一コマだからこそ、漫画家・高橋留美子さんの凄みを感じさせます。
時代考証的にも価値がありそう
また、これほどまで細やかに漫画に日常を描きこむことで、後々「時代考証」的にも価値を生み出せるのではないか、とも思います。
昭和の末期、1980年代の人たちはどのような生活をしていたのか、どのような洋服を着ていたか、どのような日用品が使われていたか、どのような話しぶりをしていたか、どのような物や事が流行していたか。
それらを知る重要な手がかりになりますから。
まとめ
まとめます。
『めぞん一刻』を名作たらしめているのはストーリーであるのはもちろんのこと、登場人物が生きているかのように見えることにある。
それは、着替えをしながら・テレビを見ながらセリフを述べている、そんな何気ない「日常を描写」する、という高橋留美子さんの技術によって、読者が自然と登場人物たちに感情移入する導線に乗っかっているから、と私には思える。
それがよくわかるのが、9巻116ページであり、12巻106ページである。
というのが、私なりの解釈と感想でした。
しかも、当時『めぞん一刻』と並行して『うる星やつら』の連載もしていましたからね。常人では考えられないことをしてのけています、高橋先生は。
本文に書いたことは私の意見や解釈でしかありません。私自身、書いたことが絶対に正しいこととは露ほども思っていません。読者の皆様におかれましても、この記事の内容を鵜呑みになさらず、一意見として参考程度に抑えて受け取ってくださると幸いです。
ということで、今回はここまでになります。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!
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管理人さんが住人たちがこぞって夜出かけていることを心配している様子が描かれているのは12巻です。
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