三島芳治さんによる漫画『児玉まりあ文学集成』のメインキャラクター「児玉」さんのことを好きな「笛田」くんには「妹」がいます。
しかし、第二十七話(4巻)のラストシーンなど、作品のところどころで、本当は妹がいないのではないか、と思わせる表現があります。いるのかいないのかを私なりに調べて考えを書いていきます。
ネタバレについてはバレ要素が含まれていますので、バレても構わない方のみ下方スクロールをお願いいたします。
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児玉まりあ文学集成
| 作品名 | 児玉まりあ文学集成 |
| 作者 | 三島芳治 |
| 1巻初版発行日 | 2019年4月25日 |
| ジャンル | 青年、学園、恋愛 |
| 発行 | リイド社 |
| レーベル | トーチコミックス |
「三島芳治」さんによる、学園もののマンガ『児玉まりあ文学集成』。
読みは「こだままりあ・ぶんがく・しゅうせい」。
ジャンルは「学園もの」と「恋愛もの」でしょうか。
「これは児玉さんが笛田くんに文学講義を行いながら 高校生活を謳歌するお話です」
こちらは単行本の帯文で、物語の概要は書かれたとおりですね。
本作のメインキャラクターである「児玉まりあ(こだま・まりあ)」は文学部です。女子生徒。
文学部であって文芸部ではありません。
その児玉さんから入部試験を出され続けて、落第の烙印を押され続けているのは「笛田実(ふえた・みのる)」。
1話時点で1年ちかく毎日のように児玉さんから入部試験を出されているのに、合格できていない男子生徒です。
笛田妹
笛田くんには妹がいます。
名前を「えり」と言います。
詳しいプロフィールは不明です。
ただ、第十話「ワールドプロセッサー」、こちらはショートショート集でして、この10話の中の9話「九、学習」で初登場したと思われる彼女は、児玉さんたちと同じ制服を着ているように見えます。
通っている学校が「中高一貫校」なのかもしれませんし、年子で(笛田くんが高校2年生とすれば)えりは高校1年生かもしれません。
存在するのか?
この「笛田えり」という人物は存在しているのでしょうか。
いえ、この世に実在しているかという意味ではありません。作中に存在している人物なのだろうか、という意味です。
いやいや、10話に登場しているんでしょ? だったら存在するに決まってるじゃないか。
そのように思われた方もいらっしゃることでしょう。
しかし、本作を読んでいると、彼女は作中にさえ存在しているのか、いまいち怪しいと思えてきます。
例えば、先ほどから何度か話題に挙げている第十話「ワールドプロセッサー」のうち「十二、修理」では、次のような笛田くんの台詞があります。
何日か前まで僕には妹なんていなかった気がする
第十話「ワールドプロセッサー」(2巻66ページ)より
しかし、その直後にえりと「えりがいないこと」について話していますし、次のページにはアルバムに妹が写っていました(つまり、昔から存在していた?)。
また、第十八話「エンド オブ 文学」では次のような、同じく笛田くんの台詞が。
児玉さんがいなくなったら えりだって消えちゃうんだぞ
第十八話「エンド オブ 文学」(3巻93ページ)より
引用部は結構重要そうな、意味ありげな発言に思います。
えりの存在が児玉さんによって守られている、あるいはえりは児玉さんが生み出した存在とでも言いたげな発言です。
第二十話「いとこエクソシスム」では、彼の「従妹」が次のように発言しています。
まず君に妹なんかいないよね?
第二十話「いとこエクソシスム」(3巻140ページ)より
彼に妹はいない、衝撃の事実! ですが、これには事情があります(詳しくは後述)。
また、記事作成現在、最も新しい第二十七話「マルチバース・オブ・バルザック」では、家に帰った笛田くんを玄関で出迎えたお母さんでしょうか、女性が猫を抱えています。
その猫に対して「ほら えりちゃん」と、猫が彼の妹と言っています。
こちらも事情はあるので後述します。
このように、えりは存在するのかしないのかが曖昧に描かれています。それも一度ではなく数度。
結論
結論です。
結論としては「わからない」です。
えりは存在するかもしれないししないかもしれない。
彼の中には存在していますが、(児玉さんを除く)他の人たちにとっては存在しない人物である可能性があります。
それはどういうことかを、次の項目から書いていきます。
児玉さんが関係する?
先ほど、笛田くんから「児玉さんがいなくなったら えりだって消えちゃうんだぞ」という台詞があったことをご紹介しました。第十八話「エンド オブ 文学」のこと。
この点が個人的に非常に気になります。
笛田くんの妹が存在しているか存在していないかが、どうして「児玉さんによって左右」されるのでしょう?
該当する笛田くんの台詞の直後に、えりの台詞があります。
そうなんだよね お兄ちゃんの中では
第十八話「エンド オブ 文学」(3巻93ページ)より
引用部がえりの発言。この台詞もとても重要かなと個人的には思っています。
発言内容から、えりの存在が消えるかどうかが児玉さんによって決まる、と笛田くんが勝手に思っている、という受け取れそうです。
まぁそうですよね。彼の言っていることが事実なら児玉さんは神です。
しかし涼宮ハルヒなどの例もあるので、超自然的なことが起こる世界なのかもしれません。
魔法は誰にかかっているのか?
第二十六話「まりあ誕生」では、笛田くんにとって児玉さんが、それと同時に児玉さんにとって笛田くんが、どれだけ大切な人かがわかります。
この世界には
第二十六話「まりあ誕生」(4巻135~136ページ)より
現在進行中の魔法が少なくとも一種存在する
十年前私がかけた
今も一人だけかかっている
引用部は児玉さんのモノローグ。となれば引用部のうち「一人」はもちろん笛田くんを指す言葉になります。
彼には彼女による魔法がかかっている状態で、彼には彼女が白髪(マンガなので白黒なだけで本来は金髪や銀髪などかもしれません)のロングストレートヘアな女の子に見えています。
言い換えれば、彼の世界では彼女の姿は白髪ロングストレートヘアということです。実際には黒髪ボブヘア。
笛田君の妄想が私を守ってるの
第九話「アーマーモデリング」(2巻42ページ)より
つまり、彼女が彼をコントロールしている、とも言えますし、彼が彼女を彼女の願うとおりの状態に保ってくれている、とも言えます。ここが本作の重要なポイントだと思います。
そのため、彼女がそう願えば世界はそのようになる、ように彼には見えています。
彼にとっては自分の世界は児玉さんが創っていると言ってもいいくらいなので、妹の存在も世界中の人々の存在も、全てが彼女が決める。そのくらいの存在なのです。
ただし、このことは彼が彼女をそのくらい大切に想っているのだ、ということを文学的に表現しているだけかもしれません。何せタイトルが文学集成なので。
ですが、文学的な表現、言い換えれば比喩表現である、と作中で明言されていません。
明言されていない以上は、本当にえりの存在(もちろん彼の存在も)が児玉さんの一存で決まっている可能性を否定していません。
一つ前の項目で、えりが存在するかしないかについて児玉さんが関係あるの? と書いています。
でも大いに関係があることは、これまで書いたことからわかりますよね。
笛田くんにとって、という条件はつきますが。
その他
先ほど、第十話「ワールドプロセッサー」の「十二、修理」における彼の発言、「何日か前まで僕には妹なんていなかった気がする」の前後のシーンも見てみましょう。
同話「十三、ワールドプロセッサー」では、笛田くんが妹のことを児玉さんと話しています。
そこで次のような発言が児玉さんから出ています。
断章形式を理解した事で 物の見方変化がおきたのかもね
第十話「ワールドプロセッサー」(2巻68ページ)より
だから世界に今までなかった要素が生まれた
笛田くんがえりちゃんを作ったのよ
どうしてそのようなことが起こるのか、その理由も彼女は述べています。
ただ理由は10話の大きなオチになっていますので、バレ回避の意味もあり、本作を読んで確認していただきたいです。
個人的には彼女が言った理由が彼の感じている疑問の答えになっているかがわからないのですが、児玉さんから理由を聞いた笛田くんは衝撃を受けているようです。
しかし、彼にとって児玉さんがいかに大切か、彼女にとって彼がいかに大切か、を思うとわからなくない気もしてきます。
第二十話「いとこエクソシスム」(3巻140ページ)での、従妹からの「まず君に妹なんかいないよね?」発言について。
妹がいないとはどういう意味か。こちらはバラさない方がいいと思うので、ぜひ3巻を読んでみてください。
ラストに大逆転が起こって、個人的にとても好きなエピソードです。
『児玉まりあ文学集成』ではそういうことが起こるのか、起こり得る世界なのか、と読者が思い知る回になっています。
このオチがあるからこそ、えりがいるかいないかについても、いるともいないとも明言できないことが起こってしまっています。
第二十七話「マルチバース・オブ・バルザック」では、猫をえりちゃんだと言っています。
こちらは、多元宇宙から様々な児玉さんが笛田くんの前に現れる、というエピソード。
なので、この猫のえりは、多元宇宙の一人(一匹)のえり、だと笛田くんと読者に思わせています。
作中ではあらゆる可能性を否定しない描かれ方がされています。
あらゆる可能性を否定していない。
これはえりのことにも言えていることで、本作において極めて重要な視点になっているように、私には思えます。
他の人にとっては?
笛田くんの頭の中では、あるいは彼が見ている世界には「えり」はいるのでしょう。
しかし、これまで書いたことから、彼と児玉さんの二人を除いた、他の人たちにとって、えりは存在するのか。
これはより曖昧になっているように思います。
えりが他者と接触を持った場面が一度も描かれていないからです。
唯一と言っていいほど他者と接触を持っているシーンは、先ほども触れましたが、27話の最終ページでは、彼らの母親と思われる女性が猫を抱えて、母はその猫をえりとして認識しているかのように描かれているコマでした。
なので児玉さんと笛田君を除いた世界において、えりが実在しているかどうかは、非常に曖昧です。
まとめ
まとめます。
三島芳治さんの漫画『児玉まりあ文学集成』の笛田くんの妹「えり」は存在するのか。
存在するかしないかはわからなかった。
しかし27話までの台詞などから、えりは笛田くんの中には存在することは確か。
彼の世界は児玉さんが決めている節があるから、突き詰めると妹の存在を彼女が決めている可能性がある。
その理由は彼女の魔法が彼にだけかかっているから。
一方で、児玉さんの存在は笛田くんの妄想によって守られているという発言もあることから、彼女は、妹がいるという彼の認識を否定はしないものと思われる。
というのが、私なりの解釈と感想でした。
記事に書いたことは、あくまでも私個人の意見であり感想です。絶対的なものではありませんので鵜呑みになさらず参考程度に抑えてご覧になってください。
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ということで、今回の記事はここまでです。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


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